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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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 隠れる場所のない太陽の下だったが、渓谷を抜けてから幾分日差しが和らいだ感じがした。

 砂漠の暑さに慣れてきたからなのか、それとも地面に生える僅かな雑草のお陰なのか、フードで顔を覆っていても照り返しにさほど眩しく感じなくなり、こもる熱は風が吹き飛ばしてくれていたので若干涼しささえ覚えていた。

 同じ砂漠でも地域によって気候が全く違う、たかが砂と岩だけの土地だと油断していたらとんでもない目に合うというのを、身をもって経験するだろう。

 中にはこんな砂漠に来る事を望んでおらず、事前準備すら無いままに来てしまう者だっていた。

 なんとか周囲の人達に支えられ生き延びていたものの、皆の場所に帰るのはいつになるのか見当もつかずに、一人寂しく荒野を走っていたマルティアーゼがそうだった。

(暑さは気にならなくなったのはいいけれど、そろそろ何か見えてこないかしら)

 北に向けて走っているのは太陽の位置で確認しているので確実だった。

 更に二日走り続けてようやく景色にも変化が見え始めてきた。

 荒野だった地面には緑色の雑草が顔を出し、地平線は枯れた雑木林で隠れて見えず、その向こうの丘のような隆起した小山には僅かながらの緑が所々見えてきた。

「ああ……緑だわ、やっと緑のある場所まで来たのね」

 恋い焦がれた恋人にでも会ったように、久しぶりの再会に胸躍るマルティアーゼは息を思いっきり吸ってみた。

 微かに鼻の奥にツンと来る懐かしい緑の香りに笑みが溢れてしまう。

 まだ草原とまでは言えない荒野の中だったが、漂ってくる草木の香りに導かれるように馬も勇んで先を急いだ。

 進むほどに突き抜ける風に乗った緑の香りは色濃く、匂いを嗅ぐだけで身体の疲れもすっきりしてくる。

 枯れ木だった木々も少しづつ緑の葉が増え始め、陽が落ちる頃には周りは緑が生い茂る雑木林に変わっていた。

「今夜から太陽に悩まされることもなさそうね」

 どの辺りまで北上してきたのか、食後の焚き火の前で地図を広げて確認した。

「緑が出てきたということはこの辺りかしら」

 ここは国境を跨ぐ川の近くまで来ているのではとマルティアーゼは思った。

 水が流れる近くの木々は暑さに負けず緑を咲かせているのだから、地下から水を得ているに違いないと感じていた。

 葉の色からして奥にいくほど薄い緑から濃い色へ、まばらな葉っぱから密集した葉へと木々の様子の具合からもそう感じていた。

「明日には川に出られるかも知れないわね、そろそろ水も補給したかったから丁度いいわ」

 持ってきた水袋も殆ど飲み尽くし、残る水は最後の一袋だった。

「本当ならとうにサンを抜け出ているはずなのに……、あの王様ったら、思い出しただけで腹が立ってくるわ」

 元々が身から出た錆で、マルティアーゼの余計な一言がなければ何事もなく穏便に出られたかも知れなかったのだが、彼女の性格からして言わねばならぬ時に言わないのは性分に合わず、正しいと思っている事は進んでやるべきだという考えだったので、相手の狭量さが招いた事故とでも云うように自分は悪くはないと思っていた。

 まだ王族としての癖が抜けていない部分があり、正しく素直であれば相手もそれに答えてくれると思っているのだが、中々事はうまく運ばずに多くの事件や争いに巻き込まれてきた実績があるにも関わらず、この癖だけはそう簡単に変えることが出来なかった。

 長い旅で世間のことは覚えてきたにしろ、こういう点ではまだ世渡りというものが分かっておらず、嘘をつく、偽ることに対する罪悪感のほうが強く抵抗を感じていた。

「確か川を渡ればサンから出たことになるってドラメさんが言ってたわね、ああ、皆の音楽をもう一度聞きたいわ……、トム達に聞かせたらさぞ驚くでしょうね、あっ……でもトムは音楽に興味があるのかしら、堅物だから分かんないわね、少なくともスグリなら喜ぶでしょうね、ふふっ」

 寂しさを紛らわせる為、焚き火を見つめながら静かな夜を過ごした。

 火の揺らぎに二人の面影を思い浮かべて、早く二人の顔が見たいと目に薄っすらと涙を溜めて、まだ遠きアルステルに想いを飛ばしていた。




 そして林から木立生い茂る森へと足を踏み入れたマルティアーゼは、やっと目指していた川を見ることが出来た。

 大きな川は激流となって目の前を通っていく。

 その光景に驚きながらもこれからは砂漠の炎天下の暑さに悩まされる事もなく、飲水の消費も抑えられるのは旅ではありがたい、減った水も大量に目の前にあるので生き返る気分だった。

 しかし、水の色は川底の砂を削って茶色く濁り、到底このままでは飲むことは出来ない。

 水を汲むにも足場のいい場所などなく、水袋を川に浸けた瞬間体ごと持っていかれそうな勢いの水量では水汲みも危険極まりなかった。

 対岸まではかなりの距離があって、岸にある大きな岩が豆粒のように小さく見える程に川幅は広い。

「これじゃあ渡るどころか自殺行為だわ」

 このまま川沿いに沿って上流に行けば渡れそうな場所があるかも知れないと、川が見える程度に離れず森の中を進んでいった。

 木々は生い茂ってはいたが乾燥した砂地が多かったので、苔や下草の繁殖は薄く歩きやすい。

 ともあれ道なき森の中は乱雑する木立の間を馬で進むには、間隔の広い場所を探しながらだったので思うように歩を進めたとはいかなかった。

一日中進んで森の中で野宿を繰り返すこと三日目、川幅もかなり狭くはなって水の色も茶色から紺色に変わってきた。

「かなり上流に来たと思うけど、まだ川は深そうだし水の流れも早いわね、渡れなくても地図ではこのまま行けば街道に出られるはずよね、それまで水が持つかどうか……ね、どこか緩やかな流れの場所でもあればいいけど……貴方は良いわね首が長くて」

 馬は長い首を下ろして水を飲む事ができて、マルティアーゼの心配事などお構いなしに思う存分喉を潤していた。

 マルティアーゼは馬の首を叩いて語りかける、馬と会話でもして寂しさを紛らわしていないと気持ちが萎えてしまって仕方がなかった。

 毎日木々を見つめながら歩けそうな場所を探してばかりだと、時間の感覚もなく自然と無口になってしまう、そんなときは休憩がてらに馬に話しかけ、返事はしてくれなくても少しは気持ちが落ち着き、自分の置かれている状況を再確認することが出来た。

「あまり黙々と歩いていると関係ないことばかり考えてしまう、昔は一人で町に抜け出して過ごしていてもこんな寂しくは思わなかったのに、いつからこんなに弱い人間になってしまったのかしら……」

 人と出会う事で相手に自分の強さを分け与えて来たみたいに、昔のように我先にしたいことに向かっていく活発な自分とは違い、落ち着いて行動する前に状況を考えることが多くなったような気がしていた。

(お転婆だなんてもう昔の話ね、それでもトムは今でも十分お転婆ですといいそうだけど……ふふっ)

「そろそろ行きましょうか、お馬さん」

 暫く進むと、くの字に曲がった川の対岸で何処かで見たことのあるような生き物が佇んでいるのを見つけた。

 初め見たときには岩だと思っていたそれは、ゆっくりと立ち上がると川を覗き込んだ。

「あれは……ガブだわ!」

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