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銀の魔導   作者: 雪仲 響
153/983

153 嘆きの渓谷

 見渡す限り岩ばかりでため息を付いたマルティアーゼは、下から吹き上げる強い風になびく髪を掻き分けながら目を凝らしてみる。

 足元は坂になっていて、深い谷間が幾筋も縦横無尽に伸びている。

「こんなに高い所まで上がってきていたの……」

 荒野が割れて出来たように赤茶色をした岩肌の谷底は暗い、今から下に降りなければならなかったが、降りた先でどの谷が北へ向けて伸びているのかが分からなくては困ると、一本ずつ谷を確認してどの道を進めばいいか見渡してみた。

「迷うわね……」

 大体の方角は分かっていたがその方向に伸びる谷間が二つあり、どちらに行こうか迷っていた。

 意を決したように、マルティアーゼは緩やかな坂に一歩を踏み出していく。

 坂を下り谷底にたどり着くと、左の谷間に入っていった。

 日陰で薄暗く、陽も落ち始めていたので余計に暗く感じていたが、まだ夜までには幾ばくかの時間が残されている、マルティアーゼはそれまでに何処か野宿の出来る場所を探しておこうと先を急いだ。

 変わらぬ渓谷の間を進むと広い渓谷に出てきた、そこで道は二つに別れていてマルティアーゼはどちらに行くべきか考える。

「…………右よ」

 自分に言い聞かせるように口に出した。

 すると、今度は道が左に曲がっていて、奥に行くに従って不安が募ってくる。

(道を間違えた……?)

 もう空は赤く、谷間には日陰が届いてこない。

 暗くなってきた谷間で立ち止まったマルティアーゼは、これ以上進むのは厳しいと道の真中で野宿を決めた。

 手元が見えなくなる前に焚き火をしようと、荷物に積み込んできた薪に火を点け始めた。

 火が点くと辺りの暗さがより一層濃くなった気がした、肌寒く外套で身を隠しながら干し肉を炙って口にして食事が終わった頃には空は黒く染まっていた。

 しんとした暗闇に小さな火を囲んでいるのはマルティアーゼと一頭の馬だけで、他には生命の息吹は感じられなかった。

 夜の訪れは一瞬にしてやって来る。

 ここが荒野なら頭上に一面の星空が見えるのだろうが、崖に阻まれ空に流れる川のように谷間に沿った輝きしか確認出来ない。

 右を見ても左を見ても見える先には真っ暗な闇だけだったはず、なのにマルティアーゼの目にははっきりと確認することが出来た人物がいた。

「……人、こんなところに人が住んでるの?」

 マルティアーゼが来た方向から人がやってくる。

 マルティアーゼは後ろ手に杖を握り身構えて様子を見ていると、相手は布の一枚服に腰を縛ったベルトだけの軽装だったので警戒を解いた。

 やがて近くまで来た旅人らしき者が立ち止まった、その顔を見てマルティアーゼは話しかけてみた。

「こんな夜に女性が一人で何をしているの?」

 女性は暫く何も答えない。

 もう一度マルティアーゼは言葉をかけてみた。

「こんなに暗いのに歩くのは危険よ、よければ休んでいかない?」

 女性は美しく細い面に白い肌、長い髪は束ねてもおらず背中に流していた、冷たく感じる切れ長の目がマルティアーゼを初めて認識したかのように見開いた。

「貴方こそこんな場所で何をしているの、ここは嘆きの渓谷よ」

 女性の声も冷たく感じるそっけない言い方だった。

「私は北へ行こうと旅をしているのよ」

「北に何があるというの?」

「友人が待つアルステルに帰るのよ、あなたは?」

「私はこの地に住む者、ここが私の庭のような所よ」

 女性は表情一つ変えずに淡々と話しながら焚き火の側に腰を下ろした。

 何かがしっくりと来ない会話だった、他人行儀のような話し方ではないのに妙に話が合わない。

 別段女性が冷たく感じるから変だとも思わないし、敵意があるとも怖いとも感じない、けど何かが引っかかっている事にマルティアーゼの中でそわそわと苛立ちだけが募る。

「ここから北に出るにはまだ遠いのかしら、この地は初めてで道が沢山あって分からないの」

「……そう、それじゃあ私が出口まで案内してあげましょうか?」

 女性はマルティアーゼの問に間髪入れずに答える。

「とても助かるわありがとう、私はマール、貴方の名前を教えてくれない?」

「……ミラ」

「ミラ……そう、よろしくねミラ、今日は遅いから明日からお願いできるかしら、お腹は空いていない? 干し肉なら沢山あるわ」

「もう食べたからお腹は空いてないわ、今日はもう眠いの」

「そうね私も疲れたから眠いわ、この辺りに獣とかはいないといいけれど……」

 ミラの言葉を聞くと、マルティアーゼも急に眠気に襲われた。

「大丈夫、ここには動物なんてやって来ないわ…………」

 マルティアーゼの瞼は落ちて必死に起きようとするが、抗うことの出来ない脱力感に屈してしまいことりと頭が地面に横たわった。

「大丈夫……安心して眠って…………」

 遠く聞こえる安らかな声が落ちる寸前に聞こえてきた……。

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