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ドラメに連れられていったのは町で唯一の酒場で、中に入ると一人座席で喉に酒を流し込んでいる男がいた。
まだ日が落ちていない時間であるにも関わらず既に出来上がっている様子で、真っ赤になった顔がドラメに気付いたみたいで手を挙げて呼んできた。
「よぉ……ドラメじゃねえか、この前の演奏は良かったぞぉ……」
白髪交じりの初老は笑いながら感想を述べる。
「何だ一人でご機嫌じゃないかオブル、仲間はどうした?」
「今日はオレ一人だけが休みなんだ……ひっく、酒ぐらいしか楽しみがねえしな、まぁおめえも飲めよ」
「今日は飲みに来たんじゃないんだ、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「ここは酒場だぞ、飲まねえで何しに来たんだ、女を探しに来るにはまだ時間が早いぞ、ぎゃはは」
(こんな酔っぱらいと話が出来るのかしら)
オブルはゲラゲラと笑いながらマルティアーゼに気付くと、椅子から立ち上がり千鳥足で近寄って顔を近づけてくると、口から漂うお酒にマルティアーゼは顔を背けた。
「お……ここにいい女がいるじゃねえか、おめえの女か、こんな幼い子に趣味が変わったのかよ、ぎゃはは」
大笑いでドラメの肩を叩くが、
「まぁ良いから座れオブル、聞きたいことがあるんだ」
ドラメの真顔を見て一息ついたオブルは、
「……ったく、冗談もいえねえのか……よいしょと」
また椅子に座り直すと酒を飲み干した。
「酒の付き合いなら数日滞在するから明日でも明後日でも付き合ってやるさ、今日は違うんだ、この町から北へ抜けられる道はないかと聞きに来たんだ、昔と随分この辺りも様変わりしてるみたいだし、北へ出られる道なんかも出来てるんじゃないのか?」
「それなら街道を走りゃいいじゃねえか、なんでわざわざ北に抜ける必要があるんだ? ひっく」
即答したオブルの目は、今にも寝てしまいそうにとろんとしている。
「まぁそこの所の理由は聞かないでくれよ、礼なら今度奢ってやるよ」
「うう……ひっく、ううん」
隣で話を聞いていたマルティアーゼは、これだけ酔っていてはまともに考えられないのではないかと、本当にこの男で大丈夫なのかとドラメを横目に見た。
暫くの間、オブルは低い声で唸りながら考えているのか、寝そうになっているのか分からないまま時間だけが過ぎていった。
「ふうむ……あそこなら行けるんじゃねえかな」
いきなり目を開けたオブルがゆっくりと答えた。
「何年か前にがけ崩れの事故があったんだ……、今は封鎖しちまったから人が寄り付かなくなっちまったが、崩れた崖の先は道じゃねえが北に通じてたな、ちらっと見に行っただけだからその先がどうなってるか知らねえ……、見ただけではずっと北に行けそうだったなぁ」
とてもゆっくりと時折思い出し考え込む仕草をはさみながら、時間を掛けて説明をしていた。
「……そうか、その場所はここから遠いのか?」
「そんなに遠かねえよ、北西の採石場の道を行きゃあ途中に道が別れてる、それを右にいけば岩がゴロゴロ転がってるからすぐ分かるはずだ、ひっく……けど怪我しても俺が教えたってことは云うんじゃねえぞ、警備兵共らに目を付けられちまうからな、うぃく……」
オブルはそのまま目を閉じて、いびきを掻き始めた。
「寝ちまいやがった……、ということだ嬢ちゃん戻るとするか」
「でもこの人はこのままでいいの?」
「構いやしない、こんな老人誰も誘拐なんかしやしないさ、こんなの心配する前に嬢ちゃんはやらなきゃいけないことがあるだろう」
オブルを放ったまま宿に戻ってきて、二人は地図を広げて確認した。
「この辺りは誰も行ったことがないだろうしどんな所か分からんね、距離だけ見てもここの川まで五日ぐらいか……道がないし七日はみていたほうが良いだろうね、川に着けば取り敢えず水の確保は出来るだろ、地図じゃこの川までがサンになってるが、こんな所にサンの兵士なんて来るわけがないし国境なんて曖昧なもんさ」
「水だけでも大変な量だわ、食料ももう少し買い込んだほうが良さそう……」
地図には何も書かれておらず、渓谷なのか荒野なのか未知なる地域だった、それでも北にある川を目指して道なき道を進めばサンから脱出出来ると考えていた。
「ふむ、この馬は中々力強そうだな、足が太く筋肉の付きが立派だ、これなら心配せずに荷物は運べるだろうさ」
マルティアーゼが買ってきた馬を見てドラメがそういった。
「そう……、じゃあお店に行ってきます」
早速馬にまたがって買い足しに出かけていった。
大量の水袋を引っさげて帰って来たマルティアーゼは、皆に明日此処から出発すると伝えた。
知り合ってそれほど時間が経っていないが皆と打ち解けてきたと思ったばかりの別れで名残惜しくもあったが、旅の途中で偶然出会った経緯を考えると、お互いの旅の目的が違う以上またすぐにお別れになることは予期していた。
フーチャやヴァリの年上の人達は別れを惜しむ言葉を送ってくれたが、ギータなどは只泣くばかりで言葉にならなかった。
「……本当にもう行くのかい? 僕達と一緒にサンを出ればいいじゃないか、皆君といると明るくなるしさ僕らで守ってあげられると思うんだけど……、これからもいっぱい演奏を聞かせてあげようと頑張っていたのに残念だよ……」
そういったのはザックスで、引き止めたい気持ちと恥ずかしさが入り混じって強く言えずにいるみたいだった。
「ザックスの演奏はとても上手だしもう一度……いえ、何度も聴いてみたいと思ったわ、団長さんに認められるぐらい上手くなったらまた会いましょう、アルステルでね」
「本当かい? 約束だよ、アルステルに行くまでにもっと上手くなるよ」
パァと、ザックスの顔が明るくなって、また会えると約束したことで子供のようにはしゃいでいた。
「ザックス……惚れたな」
ドーラムが小声でうっそりと呟くと、周りにいた仲間達も静かに頷いていた。
「今夜も皆で飲んで食ってゆっくり寝ておくんだな、明日からまともに寝られなくなるからな」
「ありがとう」
そして御馳走を食べて飲んで、マルティアーゼは早めの床に就いていく。
別れはいつも寂しさを感じていたが今回の別れは次に会うための別れであり、今度の演奏はゆっくりと堂々とトム達と見ることが出来ると考えると、それほど寂しくは感じなかった。