150 一音の響き
広場に着くと、そこには広場を埋め尽くすような人が集まっていた。
手前で降り立った夜楽団員達は彩り鮮やかに桃色と黒の衣装になっていて、袖や襟、肩や裾にひらひらを付けた奇抜な格好だった。
広場の一画だけ空けられていて、夜楽団はドラメ団長が先頭に二列に並んで行進をしながら広場に歩いていく。
皆が持つ楽器はすべて木で出来ていて縦笛から横笛に太鼓、大きな口の開いた楽器と、二人ずつそれぞれ違うものを持っていた。
すべての音が重なり合って一つの音色が奏でられると、広場に大歓声が上がる。
一気に観客を惹き付けるような軽快な音楽と共に、ドラメが皆を引き連れ広場まで進んでいくと、色々と隊列を変化させながら次々と音楽が披露されていった。
観客は手を振り、拍手を繰り返して音楽を楽しみながら夜楽団に視線は釘付けになっていた。
(いい音色に凄い歓声)
そろりと荷台のカーテンから顔を出して広場を見ていたが、大勢の人達で夜楽団が隠れて見ることが出来なかった。
(こんな音楽を聴いたのは初めてだわ、なんて心躍る音なの、体が疼いて踊りたくなる気分になるわ)
一体どういうふうに音楽を奏でているのか気になって、マルティアーゼは荷台から降りると人混みをかき分けていった。
マルティアーゼの目に映ったのは、演奏をしているにもかかわらず飛び跳ねたり動き回る夜楽団の皆だった。
(凄い……どうして動き回ってるのに、音が乱れないの……)
音楽だけで気分が高揚していたマルティアーゼだったが、皆の踊りを見た途端、石になったみたいに微動だにせず踊りに釘付けになってしまった。
軽快な曲から優雅な曲に変わるに従って踊りも変化し、様々な足技が繰り出されていく。
(ああ、凄いなんて一言では言い表せられないわ、こんな音楽は初めてよ、目も耳も音に引き込まれる……魔法にかけられたみたい)
桃色を基調とした衣装に黒いひらひらが揺れるのが何とも可愛く、見た目でも和ませてくれている。
首を上げたり左右に振ったりと横笛を奏でるフーチャとクラリの踊りは、まるで双子のように息が合っており、重い太鼓を担いでいるトロントとドーラムも飛び跳ねながら叩いている。
(こんなに激しく動いてるのに皆笑ってるわ、疲れないのかしら)
それは静かな音楽になっても常に体のどこかしらは動き続けており、止まる気配などなかった。
一番下手だと言っていたザックスも一生懸命に大きく長い縦笛を吹いていて、マルティアーゼからすればとても上手であったし誰が見てもそう思っただろう。
熱狂する客は激しい音楽では同じ様に飛び跳ねたり体を揺らして聴いていたが、ゆったりした曲になると目を閉じ音を味わうように曲に浸っていた。
広場に集まったのは町のほぼ全員で、店の店主も仕事をほったらかしにして広場に足を運び、運悪く来られなかったのは仕事中の鉱夫や町の警備、工事現場の兵士ぐらいなもので、町に楽団が来たことは一瞬にして広まり大勢の人が集まってきていた。
あらゆる場所に人々は陣取り、広場に入れなかった者は人の家の窓から顔を覗かせていたり、どうやって登ったのか家の屋根に座って夜楽団の演奏を眺めている者もいた。
ドラメが手を挙げるとピタッと音が止み、一団の顔を見回すと、
「いくぞ!」
再度手を振ると、波のような激しい曲が演奏された。
ドンッ、という一音目から全てを飲み込む音の波が観客の心を一瞬にして高潮まで高める、荒々しく速い音楽で動きも尋常ではなく足を蹴り上げたりクルクルと回ったりと、目まぐるしい動きで人々を魅了していく。
(私と歳も変わらない子だっているのに、どうやったらあんな動きで演奏出来るのかしら……)
最後はドラメの動きが止まるのと同時に音がピタリと止まって、一瞬の静けさの後に大歓声が広場を覆う。
昼過ぎに始めた演奏は短く感じていたが、もうじき夕刻時に差し掛かろうかという時間になってきていて、太陽の影は長く伸び赤みを帯び始めていた。
久しぶりにやって来た娯楽に、オアシスを求めるがごとく音楽に酔いしれた。
鳴り止まない歓声の中、ドラメがお辞儀をして帽子を掲げるとお金が投げ込まれていく。
「凄かったわ、息をするのを忘れるぐらいに見惚れてしまった……」
直ぐ様、マルティアーゼは自分が人の前に出てきていたことを思い出して馬車へと戻っていった。
「乾杯!」
その夜、宿に戻って町で一番大きいという酒場で祝宴を上げていた。
「はははっ、嬢ちゃんどうだった、今日は皆上手く出来たはずだ、それに言っただろう、ここの連中は娯楽に飢えてるんだ、今日の稼ぎは予想以上だった、さぁ飲め飲め、儂からの奢りだぞ」
一気に杯を空けたドラメが上機嫌で言うと、皆の口から「やったー」の掛け声で杯を空けていく。
「ええ、とても凄かった、あんな音楽は初めて聴いたわ」
「僕の演奏はどうだったかな、今日は間違わずに吹けたし踊りもちゃんと出来たはずなんだ」
隣にいたザックスもマルティアーゼに聞いてくる。
「とても素敵だったわよ、目を奪われるぐらいに皆の踊りも演奏も凄かったわ」
「ザックス、お前もやっと練習の成果が出てきたな」
「やった、ドラメさんがやっと褒めてくれた」
「はははっ」
皆一同から笑いが起こると、もう一度皆で乾杯をした。
「明日一日はゆっくり休んで、次の日はもう一度稼ぐぞ」
食べて飲んで久しぶりの英気を養い、その夜はぐっすりと柔らかい布団で眠ることが出来た、しかし、マルティアーゼ自身まだ追われている身であり、このまま皆と一緒に行動をともにすることは出来ないことはよく分かっていた。
朝起きると寝台に皆の姿はなく、マルティアーゼだけが一人眠っていたみたいだった。
窓から音楽が聞こえてくる、楽団員は休みだというのに全員集まって楽器の練習に余念がなかった。
外に出たマルティアーゼは挨拶を済ませると、皆の練習の邪魔をしないように一人街に繰り出していった。
ただ遊びに行ったのではない、馬や必需品の買い物である。
いつまでも楽団の人達と一緒にいると、いずれ迷惑が降りかかると今のうちに準備をしておきたかった。
ダレイヌスから貰い受けた早馬のような良い馬はいなかったが、長い旅でも問題ないと言われた体力がある馬を購入し、食料と野宿に必要な備品を買い集める。
(ああそうだわ地図よ、どの辺りなのかも知りたいし、サンを抜けるには地図が必要ね、水は場所と帰る道のりを見てからどれだけ買えば良いのか考えましょう)
いつもはトムが用意してくれていた事を自分でしなくてはならない、言えばいつの間にか用意されている訳でもなく、こうして沢山の店を回って用意してくれていたのだと改めてトムに頼り切っていた事を痛感していた。
一通りの店はあるが品揃えも悪く、年季の入った新品の火打ち石や着火剤の樹液の瓶など、埃が被った物しか置いていなかった。
これで店がやっていけるというのは他に副業でもしているとしか考えられず、仕入れたものだから仕方なく売れるまで放置してましたと言わんばかりに手入れが行き届いていない。
(道は西だけの一本道、これだと道を塞がれたら逃げられないじゃない)
マルティアーゼは買った地図を見て愕然とする、ダブグゥスの町は東南北と三方を険しい岩山に囲まれている、ドラメが言った袋小路の言葉そのままに行き止まりの町だった。
旅人が立ち寄って観光する場所も名産もあるわけではない、国の産業の町でしかなく、野宿するための道具や地図等を買う者のほうが珍しい。
町も大きくはない、兵士がマルティアーゼを探しに来れば何処にいても見つかるだろうし、まさに袋の鼠状態だった。
(ドラメさんや皆には申し訳ないけれど、ここに追手の兵士が来るまで待ってられないから明日にでも出発したほうが良さそうね、でも街道を戻るなんてことをしたら自分から捕まりに来ましたってことになってしまうわね……)
地図とにらめっこをしながら何処かに抜け道はないのか確認してみるが、この地図自体いつの頃の物かも定かではなく、これもドラメが言ってたことだが採石をする範囲が広がってきている事でも、この辺りの地理は昔とは違うと思われた。
(こんな曖昧な地図じゃ正確な地理が分からないわね、もっと情報を……)
マルティアーゼは宿に戻り、ドラメに事の状況を伝えた。
「じゃあ儂が知り合いに聞いてやろう、昔に知り合った奴だが昨日ちらっと顔が見えたんでまだ働いているんだろう、心配しなさんな嬢ちゃんのことは言わないさ」