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銀の魔導   作者: 雪仲 響
15/983

15

 二人の乗った船はゆっくりと水面を滑るように順調に進んでいて、雲一つ無い爽やかな青空の下、舵の音と波の弾ける音だけが聞こえていた。

 マルティアーゼは海を眺めている内にいつの間にか寝てしまっていたが、トムの方は黙々と海岸との距離をとりながら船を進めていた。

 昼過ぎに出た船は何事も無く、幾つもの岬を越えて順調に南下を繰り返して、随分と距離を稼いだとトムは感じていた。

 マルティアーゼが目を覚まして周りを見渡すと、さっきまでと変わらない風景にトムにあまり進んでいないのかと聞いてみた。

「いえ、もう四つは岬を越えましたよ、どこも同じような景色ですが確実に南に向かってます」

「……そう、あらそういえばいつの間にか私十五歳になっていたのね、すっかり忘れていたわ」

 突然マルティアーゼは景色を見ていて思い出したかのように言ってきた。

「それは……おめでとう御座います、こんな所では何も出来ないですが……、町に着いたら美味しい物でも食べましょう」

「別に良いわよ、お誕生日を祝って貰う歳でもないから……、そう……これでもう大人の仲間入りになったのかしらね」

 マルティアーゼの灰色の髪が潮風になびくたびに髪をかき上げながら、進む方向を見つめていた。

 子供と大人の分かれ目に何があったというわけでも無く、自分でも何かが変わった感じもしない。

 周りからはまだ子供だからだとか、もう大人なんだからと言われる事に意味なんてあるのか、ただ年齢が十五になったからといっても、結局は自分が変わろうとしない限りいつまでも子供のままなんだろうと思っていた。

(自覚の問題、意識の問題、結局は何かのきっかけが無いと自分で大人になろうと思わないわよね、それは経験……それとも大人と感じる相手との出会いかしら)

 ぼんやりと十五の少女は波間に揺られながら考え込んでいると、耳元で大きな音が聞こえてきた。

「少し風が出てきたんじゃない?」

 マルティアーゼが髪を押さえながら呟いた。

「そうですね、北風なので船を漕ぐのも楽ですが」

 進む船の当たる風とは別に、時折背中を押される強い風を感じていた。

 空に変化は無く、流れる雲が無いため風の流れは肌で感じるしか無く、次第に強くなってくる風が波間を少しずつ持ち上げてきた。

「このまま風に乗れば早くに着くかも知れないですね」

「そうね……」

 しかし風は次第に強くなり、マルティアーゼは船の縁に手を置いて落ちないように体を支えていなければならないぐらいきつくなっていた。

 いつの間にか空には大きな積乱雲が北の方角に出来ていて、マルティアーゼ達の船の後を追ってくるかのように迫ってきて、波が上下に高くなって揺らしてくる。

「姫様落ちないように身を低くしていて下さい」

 トムが懸命に舵を取りながら転覆しないようにバランスをとっているが、小さな船は木の葉のように舞いながら波に翻弄され続けていく。

 ごうっと耳元を通り過ぎる風が二人の声をかき消し、さっきまでの穏やかな姿は既に消えていた。

 荒れ狂う波間に身を任せながら二人は船にしがみついて、嵐が通り過ぎるのを待つしかなかった。

「姫様しっかり掴まってください」

 トムも舵を取ることが出来なくなり、操舵を止めて船にしがみついていた。

 マルティアーゼは目を閉じて必死にしがみついているが、手に力が入らなくなって縁から手を離してしまいそうになる。

 トムもマルティアーゼの近くに行きたいと思っていても、揺れる船の上では容易に近付くことが出来ずに、声を上げて呼ぶことしか出来ない。

 暗雲が立ち込め空から雨が降ってきて体温が下がってくると、意識が朦朧としてきて自分はここで何をしているのだろうと、ぼんやりと夢を見ている気分になり普通に考える力も無く、身を任せて揺られているだけだった。

 何十分、何時間と長く感じる時間いつまでじっとしているのか、大きな波が小舟を高く持ち上げ急降下させて転覆させようとしてくる。

 その度にマルティアーゼの声にならない叫び声が上がる。

 幾度目かの波でついにマルティアーゼの手が船から離れて体が宙に舞った。

「姫様!」

 トムが宙に舞ったマルティアーゼに手を差し伸べて服を掴むと同時に、船が傾き横転してしまって二人は海に投げ込まれてしまった。

「姫様、姫様ぁ」

 トムは何があろうともマルティアーゼの服を離さぬものかと力一杯引き上げる。

 海面に顔を出したマルティアーゼの体を抱き寄せて、船底が上を向いてる船に向けて泳ぎだした。

 離れゆく船に必死で泳ぎついてマルティアーゼを船底に乗せることが出来たが、マルティアーゼに意識はなかった。

 だが息をしているのを確認出来てほっとしたトムも、かなりの体力を失い今にも海に沈んでしまいそうに意識が薄れてくる。

 トムは船底にしがみつくように上体を乗せると、そこで意識がなくなり力つきてしまった。




 穏やかに打ち寄せる波が二人の体を左右に揺らしていた。

 どれ位の時間が経ったのか、マルティアーゼが目覚めた時、天空には輝く星々を間近で見ているように視界いっぱいに広がる星を呆然と眺めていた。

(綺麗な星…………、此処は何処かしら何だか体があちこち痛いわ……、ああそうだわ船に乗っていたんだった、いつの間にか寝てしまってる間に何処かの町に着いたのかしら…………)

 体に伝わる感触は宿屋の柔らかい布団ではなく、ざらざらとした砂地と打ち寄せる水の冷たさであった。

 真っ暗な砂浜で目覚めたマルティアーゼは傍らで横たわっているトムを見つけると、痛む身体に顔を歪めながら起き上がって、波に持って行かれそうなトムの体を引っ張って砂浜まで引き上げた。

「ここは……どこ?」

 船もなく、澄み切った空の星の黄色い光だけしか見えず、海も森もシルエットとなり、形だけで地形を判断するしかなかった。

「そう……嵐が来て……船にしがみついていたまでは覚えてるのだけれど、いつの間にか意識がなくなって……」

 トムの胸に顔を当ててみると鼓動が聞こえていて取りあえず安心したが、身体が長い間海に入っていたため冷え切り、このままだといけないとマルティアーゼは近くの森に入り小枝を集め出した。

 風の当たらない森の直ぐ側に小枝をかき集めて火を起こそうとした。

 火を付ける道具の入った荷物もなくなっていて、トムの身につけてる小袋にも火打ち石が見当たらなかった。

「……仕方ないわ」

 そう言ってマルティアーゼは詠唱を唱えた。

 手の平から赤い火の玉が浮かび出ると小枝に投げ込むと、たちまち枯れた枝がパチパチと爆ぜる音が聞こえだした。

「体力がないから疲れるわ」

 深く深呼吸をしてトムを海岸から時間を掛けて引きずってくる。

 たき火まで連れてくると、マルティアーゼの額には玉の汗が噴き出していた。

「とにかくトムの体を冷やしては駄目ね、もっと木がいるわ」

 疲れた体を引きずって森の中に薪になる木を探しに出かけていく。

「今は私が頑張らなくては……」

 手の平に出した火で地面を照らしながら燃えそうな小枝を拾い集めて、たき火を絶やさぬように火にくべてはまた森に入っていくのを繰り返していた。

「これだけ集めれば朝まで持つわね、トムはまだ目が覚めないのね……」

 トムの顔を優しく撫でながら呼吸を確かめる。

 規則正しい寝息を聞いて安心すると疲れがどっと出てきたマルティアーゼは、トムの隣で横になると直ぐに眠りに付いてしまった。

 暗い海岸に一つのたき火が静かに燃え続け、二人の体を優しく温めていた。

「……姫様……姫様」

 遠くで聞こえてくる声がマルティアーゼを現実へと呼び戻してくる。

「う……ん、トム……?」

 うっすらと開けた瞳にトムの顔がぼやけて映る。

「目が覚めたのね、良かったわ」

「姫様もお体は大丈夫ですか、何処かお怪我はなさっておられないですね」

 マルティアーゼを覗く様にトムが見下ろしていた。

「大丈夫よ、疲れて寝てしまっただけよ」

「それはよかった、このたき火は姫様が起こしてくれたのですか、火種もなかったのにどうやって……」

 木の燃えた跡を見てトムが言った

 上体を起こしたマルティアーゼが大きなあくびをするとにこりと笑う。

「これで火を点けたわ」

 手の平に火を出して見せた。

「魔法……ですか」

「ええ、秘薬もなくて疲れてもいたけど、これぐらいなら使うことは出来るわ」

「おかげで体が温まりました」

「海で溺れなくて良かったわ、途中から意識がなくなったけど貴方が助けてくれたのね」

「船が横転してしまい姫様が海に投げ出されたので、必死に姫様のお体を船に乗せることしか出来なかったです、その後のことは私も記憶が御座いません」

 太陽が昇り暖かい陽光が濡れた服を乾かしてくれていて、荷物袋がない以外、特に大きな怪我も異常もなかった。

 二人は起き上がると自分達が今どこにいるのか、確認出来るものが無いか辺りを見回してみる。

「船も荷物もなくなってしまいましたね」

 トムは自分の服を探ってみて何がなくなったか調べてみた。

「一応お金は助かったみたいですが、剣はなくしてしまいました」

「私もお金は残ってて良かったわ、でもこの近くに町がないとお金を持っててもしようがないわね」

 小さな湾になっている砂浜には何もなく、ただ昨日の嵐は嘘のように青空が広がっていた。

「ここは一体何処かしらね、お腹も空いてきたわ」

「取りあえず森を抜けないことには場所も分かりませんが、武器もない事には危険ですね」

「でも、このままここにいてもしようがないわ、行きましょう」

 幸い向かう方向だけは分かっていたので、二人は後ろの森へと分け入っていく。 トムは落ちていた木の棒を握りしめ安全を確かめながら先を歩いて行った。

 森の中は坂になっていて滑りやすい足場に気をつけながら、トムが登っていける道を探しながらマルティアーゼを誘導していく。

 平坦な場所に出るまでどれだけの時間が掛かったのか、下を見下ろすと先ほどまで居た海岸が小さく見える場所まで登って来たことに気づいた。

「ふう……何も見えないわね」

 何処を見ても船影や町の気配もない大海原と大森林だけで、マルティアーゼはため息を漏らした。

「この海岸線に沿って行けばどこかの港町に出るかも知れません」

「…………そう願うしか無いわね」

 空腹であっても周りに木の実すら見当たらず、考えれば考えるほどお腹が鳴ってしようがなかった。

 今はとにかく町や人家のある場所が見つかることを信じて、歩き続けるしかなかった。

 夕暮れまで歩き続けても何も見つけることが出来ずに、疲れた二人はたき火を囲んで休むことにした。

「何か食べる物が無いか探してきましょう、今日一日何も食べていないでしょう」

「それは貴方も同じでしょう、疲れているのに動くことはないわ」

「しかし、飲み水ぐらい摂らない事には……」

「もうこんなに暗いのよ、森で迷ったら大変よ、とにかく体力を取り戻すことに専念して、明日も町が見つかるとは限らないのだからもう寝ましょう」

「……はい」

 暗い森からは獣の遠吠えがどこからともなく聞こえてくるが、疲れ果てた二人は恐怖を感じる前に目を閉じると、一瞬にして深い眠りに落ちていった。

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