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「居たぞ、こんな所に隠れてやがった!」
仲間が近くにいるのか男が顔を上げて大声を発した。
「手間かけさせやがって……、うっ……あああぁぁ…………」
男が向き直った瞬間、突然火だるまとなって地面に転がり込んだ。
「皆、逃げるのよ!」
マルティアーゼの合図で、全員が岩陰から飛び出していく。
先に出たマルティアーゼが辺りを見回してみると、あちこちに男達が散らばっていて、火だるまになった男の悲鳴を聞いて集まってきているのが見えた。
「早く、振り向かないで町まで走って」
マルティアーゼは追ってくる男達を見ながら、女性達に町に向かって逃げるように急かすと殿についた。
「待て、逃げんじゃねえ、ぶっ殺すぞ」
ぞろぞろと出てきた女性を見て駆けてくる男達は、剣を片手に大声で威嚇してくる。
悲鳴を上げながら逃げる女の子達は、初めのうち懸命に大人達についてこれていたが次第に空間が出来始めた。
すると、追ってくる男達の距離がみるみる縮まり、このままでは直に捕まってしまうと、マルティアーゼが振り返って詠唱を唱えた。
「こっちに来ると痛い目に合うわよ」
一番近くに居たのは牢屋で会った細長い男だった、その男の足元に火球を落とすと火柱が立ち上がり、驚いた男は熱風から逃れるように側の岩場に身を隠した。
「てめえ……やりやがったな、女たちを逃したのはおめえだろ、どうやって此処に戻ってきた、おじきはどうした!」
仲間が来る間の時間稼ぎに男がマルティアーゼに叫ぶ、しかし火柱の向こう側を見るとそこにマルティアーゼの姿はなく、既に走り去った後だった。
「くそっ! おおい、こっちだ早く来い」
それを知った男が火をよけて再度マルティアーゼを追跡し始めた。
(少しは距離を取れたけれど、次は本当に戦わないといけないわね……でも)
女の子達の走る速度も落ちてきていて、折角取った距離もすぐに無くなってしまった。
「……もう駄目」
マルティアーゼは女の子達に頑張るよう声を掛けるが、皆の顔は青ざめて今にも倒れそうだった。
振り返れば追手の男達は徐々に一団となりつつこちらに怒りの形相を投げかけながら向かっている。
「きゃあああ」
「!」
先頭を走っていた女性達から悲鳴が上がって、マルティアーゼが顔を上げた。
そこにはカブースが手下一人と女性達の進路を馬で塞いでいた。
「なんでお前らがこんな所に居る」
立ち止まった女性達で前が詰まり、マルティアーゼ達が一塊になった所に後続の男達が追いついて囲まれてしまった。
平野の砂漠で身を隠す場所もなく、十一人もの男達に包囲された七人の女性達に逃げ場所はなかった。
「逃げたと思ったら女達を助けに戻ったってことか……、俺たちの商売道具に舐めたことをしたな」
カブースがマルティアーゼを見て言い放った。
「あの人達は……」
マルティアーゼはあの一組の男女と戦っていたカブースがここに居るということが不思議でならなかった。
相当の腕前に思えた男性との戦いにこの男が勝ったというのであれば、あの男よりも剣が上ということになる、それならばマルティアーゼはカブースに抗えるはずもないことになる。
「おめえらアジトに居たんじゃなかったのか、一体何してやがったんだグヌイ」
カーブスが男達を睨んだ。
カブースの一言で追ってきた男達に動揺が走り、
「す……済まないおじき、ちょっと目を離した隙に逃げられちまって……」
兄貴分のグヌイがごつい体に似合わずビクつきながら言い訳をする。
目では弟分達に助け舟をよこせという合図を送っていたが、目を付けられたくない男達は我関せずグヌイに頼みますよと目で合図を送りだんまりを決め込む。
「……くそっ、てめえら」
それ程までに手下の男達に恐れられているのか、ただ黙ってカブースの睨みに怯えていた。
「あそこにいるじゃねえか、たたっ斬ってやる」
カブースを見つめたのはフィッシュとリンだった。
カブースにとどめを刺せず逃げられてしまった二人が、街中を探し回り捜索を町の外に移して出た所で、街道を外れたずっと先に小さな人影を見つけたのである。
フィッシュが勇んで行こうとすると、リンが声を上げて止めに入った。
「待ってフィッシュ、あれを見て!」
街道の北側から砂埃を上げながらやって来る一団が見えた。
「なんだ?」
「あれはこの国の兵士だよ」
兵士達が町へと向かってくるのを、二人は街道に出てずっと見ていた。
先頭を走る赤い外套を着た人物を見たリンが、
「ありゃあ、ここの貴族階級の騎士団かも知れないね」
「……ほう、こんな国でもそんな奴らが居るんだな、くくっ」
二人が談笑をしながら見守っていると、目の前で一団が停止した。
「お前達、町にカブース達が来ているのを見たか?」
少し皺が深くなった貴族は、町の外に立っていたフィッシュとリンに言葉を投げかけた。
「……は? いきなり人に聞く言葉じゃねえな、聞き方ってもんがあるだろ、まずは名乗れよ」
リンがフィッシュの胸に手を伸ばし止めると、
「フィッシュ止めときな、国に喧嘩売ってどうすんだい、カブースならあそこにいるよ」
腕を伸ばしてカブースがいる方向を指し示すと、
「……ふん、お前達も奴らの仲間じゃないだろうな」
「違うよ、仲間なら教えたりはしないよ、あんなのと一緒にしないでおくれ」
リンがそう答えると、一団は向きを変えて街道から外れたカブース達のいる方へと動き出した。
多く見えたが、ざっと見て五十ほどの騎馬隊しかいなかった。
これぐらいだと私兵団といっていいぐらいで、兵の装備もバラバラの革鎧を着ていて統一性はなかった。
フィッシュはその後姿を睨みつけながら、
「なんだあいつ、気取ってんじゃねえよ」
と、悪態をつくと、
「ったく、あんたの貴族嫌いも並じゃないね」
「おらぁただ貴族ってだけで偉そうにしてる奴がムカつくだけだ、でかい態度するだけの腕を見せたら貴族だろうが盗賊だろうが素直に認めてやるさ、あの貴族の野郎と一戦交えてみてぇな」
フィッシュはふてぶてしい態度を取りながら、砂埃で見えなくなった一団を目で追った。
「まぁ……あたしも貴族は嫌いだから関わり合いたくもないさ、国が動いたのならあたしらの入る余地はないよ、これ以上関わって詮索されるとこっちの身元を調べられるのも不味いしね、悔しいけどカブースの野郎はあいつらに処分してもらうとするさ」
「けっ、逃げ足だけは早え奴だったな、くそっ見ろよ、無駄な体力使っちまって汗だくじゃねえか気持ち悪りぃ、もう終わったならさっさと宿に行こうぜ」
流れる汗で髪が頬にへばりついてきて、気持ち悪さにフィッシュが頭を振って汗を落とした。
「馬も手に入れたし、ゆっくり宿で湯浴みでもして体を休めようかね」
リンの方も首筋を汗で濡らしていて、服を掴んで胸に風を送りながらいう。
「休む暇があるかどうかだな、まだおめえとの一戦が待ってんだぜ、湯浴みしてもまた汗だくになっちまうじゃねえか」
「あぁんフィッシュ……、何だったらこのまま先に私と一戦交えるかい?」
リンの顔が暑さではなく、紅潮によって頬を赤らめる。
「へへっ、俺との一戦は生半可じゃ勝てねえぜ」
「男の匂いは嫌いじゃないよ」
フィッシュの胸に指を押し当てながら、リンは顔を近づけ口を合わせようとすると、
「しかし、あの女は綺麗な顔してたな……どんな味がするんだろうなぁ、痛え!」
フィッシュがマルティアーゼの顔を思い出しながらぼそりと呟くと、横からリンがフィッシュの脇腹をつねってきた。
「浮気をするならあたしを殺してからにしなよ」
きつく大きな黒い目が上目遣いでフィッシュを見てくる。
「馬鹿な事いうなよ、なんで俺がおめえを殺さなきゃならねえんだよ、おめえみてぇな良い女は二人と居ねえよ」
カブースの手下の乗っていた馬を奪った二人は、もうカブースの事などどうでもよくなったのか、いちゃいちゃと馬を寄せ合いながら町に引き返していく。