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「馬鹿野郎、おめえらが馬鹿話してっから逃げられちまったじゃねえか!」
「兄貴だって笑ってたじゃねえか……」
捕らえていた女達の部屋がもぬけの殻になっているのに気付いたのは、昼飯を運ばせようと世話役の女を呼びに部屋から出た時だった。
扉は開け放たれていて、全ての女達が居なくなっている事に兄貴分の男は激昂していた。
「どうすんだ、おじきに知れたら唯じゃ済まねえぞ、探せ! くそっ……誰が開けやがったんだ」
アジトにいた十人全員が一斉にアジトから飛び出し、散り散りになって周囲をくまなく探し始めた。
「くそぉ……走りかよ、おじきが全部馬を持っていくから……、さっさと探せ、見つけたら痛い目に合わせてやる」
一番熱い時間帯に外に出歩かなくてはいけない苛立ちが、余計に熱さを感じやすくさせたのか、汗を吹き出させながら逃げた女達に対して怒りを露にしていた。
逃げたことがバレたなど知る由もないマルティアーゼ達は、その頃岩陰を見つけた所だった。
日の当たる場所との温度差がかなり違うため、岩陰に入った途端、汗が一気に冷えるような寒さを覚えた。
そこは大きな岩同士が寄り添い合って出来た空間で、奥はそれほど深くはなかったが横に広く、七人でも余裕を持って隠れることが出来た。
「ここで暫く様子を見ましょう」
熱を持った肌は岩場に通る乾いた風がとても心地よく、疲れも相まって皆黙って地面に座り込んで休んだ。
「喉が渇いたわ、水はないのかしら?」
バスティが喉の渇きを訴えてきても、ここに居る誰もが何も持たずに逃げてきたので水なんてものは持っているはずがなく、
「もう少しの辛抱だから我慢しなさい」
隣の婦人がそっとバスティをたしなめると、
「何よ、私の父は大臣なんだからね」
「私の夫は侯爵ですよ」
婦人がそっと言葉にした、するとバスティが黙り込んだ。
婦人は夫が侯爵だからといって立場を笠に着ることもなく、今は皆で助け合わないといけないとバスティを諭した。
「公爵夫人、お聞きしたいことがあります、失礼ですがどうしてこの国はこれ程までに国内が不安定なんですか、盗賊が闊歩しているのに警備すら集まってこないなんて国家として体をなしていないのでは?」
マルティアーゼは思っていた事を侯爵夫人に聞いてみた。
「私は政治のことには関与していないからよくは知らないけれど、この国は見ての通り砂漠の国、国民は僅かな給料で何とかやっていけている状態なの、国に力がないから兵士達もやる気を出さないんだって夫が云ってたわ、首都のサンだけは国王がいるから盗賊も好き勝手とはいかないけれど、それもいつまで続くかしらね」
婦人はいかにも砂漠の民らしく顔を布で隠して目だけしか見えなかったが、綺麗な二重はとても知的に見えた。
「大臣連中が私腹を肥やしてるのが原因なんだよ、私ら商人がどれだけ稼いでも殆ど持っていかれちまうんだ、全く呆れちまうよ」
そう言ったのは商人の妻だという女性だった。
こちらも布で隠した顔からは表情は伺えなかったが、かなり怒っているようで横目でバスティを見ながらそう呟いた。
その女性の視線にバスティは、自分に言われてると気付くと反論した。
「父はそんな事しないわ、いい加減なことを言わないで!」
「何いってんだい、そんないい服が着れるのは国民から巻き上げたお金で買ったんだろう!」
女性は日頃の不満が爆発したのか子供相手にも容赦せずに言い返す、すると他の女性からも不満の声が持ち上がった。
バスティは父親の悪口が許せなかったが、それに対して言い返すだけの政治については何も知らず、悔し涙を流し歯を食いしばりながら周りの言葉に耐えていた。
狭い日陰で大音量の合唱でも始まったのかと思うぐらいに、色々な声が響き渡ると見かねたマルティアーゼが手を挙げて止めに入った。
「待って頂戴、今は子供相手に愚痴をこぼす時ではないわ、それに大人の事情をこの子に言っても何にも変わらない、本当にそう思うのなら然るべき手順で国に訴えるべきよ、けどその前に捕まってしまったら元も子もないって事も考えて頂戴」
(この暑さで苛立ってるのかも知れない)
とりあえず大声を出すのは止めさせられたが、憤りが溜まっているのかぶつくさと呟き続けている者もいた。
「父はそんな人じゃ……ないもの」
マルティアーゼはバスティの頭をそっと撫でて、気持ちを落ち着かせてやりながら外の様子を見た。
岩陰から覗くと太陽が視界に入る位置まで落ちてきているのが見える、眩しく輝いていた砂や岩も少し橙色が混じり幾分和らいできたので、景色を見ても目が痛くはなかった。
(もうあと少しで暑さも落ち着いてくるかも)
町はまだ見えないと言うことは、ここからまだかなりの距離を行かなければならないはずである、それまでは体力を取り戻しておきたかった。
「もうじき帰れるわよ……」
マルティアーゼがバスティにそっと呟くと、
「こんな所にいやがったか!」
「!」
皆が一斉に一点に顔を向けた。
そこには岩陰の中を覗く、汗だくになった男が立っていた。