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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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13

「貴方がサディの魂を縛り付けている彼女の姉ね、サディの魂を解放してあげなさい、彼女は貴方の暴挙に悲しんで苦しんでいるわ」

 マルティアーゼは叫んだ。

「どうしてですか、霧人としてこの町にいれば俗世の苦を感じる事無く永遠に生きていけるというのに」

 だがカリーヌは微動だにせず柔らかな口調で答えた。

「私達が見ていた霧は全てこの町の人々だったのね、そう……それで彼らは生きている私達に助けを求めて集まって来ていたのね、貴方がこの町の人達をも縛り続けていたのね、町の人は自分達に何が起きたのか知っているんだわ、苦しみをずっと抱きつつこの町にやって来る人に助けを求めていたのよ、彼らは早く解放されたいと思っているわ、それなのに貴方が皆をこの地に縛り付けているから……、早く本当の安寧を与えなさい」

 濃い霧の町中を思い出しながら、町の人々はマルティアーゼ達を襲うためでは無く救いを求めて二人に集まって来ていたから、恐ろしいと感じなかったのだと理解した。

「いいえ、彼らは死の恐怖から逃れられて幸せに生きているのよ、私がいれば恐怖さえも無くし生きていた時と同じ幸せを永遠に味わうことが出来るのよ、私は彼らの為にこうしてずっと祈っているというのに、何故彼らに死の恐怖を与えよと言うのです、私はあの恐怖に駆られた残虐な襲撃の日を思い出さぬように毎日祈っているというのに……、忌々しいリム王国の兵士達が夜襲を掛けてきたあの夜……、国民は深い眠りの中で殺されていったのです、私達王族は逃げ惑い、捕まり残虐な行為の末にさらし首にされたのです、安眠の中で殺された者は今だ自分が死んだことすら知らぬ者がいるのですよ、私はあの恐ろしい思いを民にさせたく無いが為、こうして魂を霧の時間に閉じ込めているのですよ」

 カリーヌの表情には目障りな物を見るように冷たい視線を二人に浴びせてくる。

「それは人の生を弄ぶ行為だわ、本当は貴方自身が死ぬ事に恐怖しているだけよ、貴方が死から逃げようとして皆を巻き込み、このような悲劇をまき散らしているんだわ、どんな恐怖であろうと辛く苦しくとも死んだ者は早く成仏するべきよ、この地に魂を縛ることは貴方の自己満足でしか無いわ、時の止まった生など生きているとは言えないのよ」

 マルティアーゼはカリーヌに言い放つ。

「貴方たちもここで生きることになれば、私の言っている安楽とはなんて素晴らしいとお思いになるでしょう、それを私が与えてあげます」

 カリーヌはいつの間にか手に銀の杖を持ち、いきなりマルティアーゼ達に尖った霧状のものを投げつけた。

 咄嗟にトムがマルティアーゼを抱いて柱の陰に飛びのいた。

「姫様、お怪我は?」

「大丈夫よ、それよりあの銀の杖を壊さなければ……、詠唱に時間が掛かるからその間、彼女の気をそらして欲しいの」

「分かりました」

 トムは剣を握りしめて飛び出していくと同時にマルティアーゼは詠唱を始めた。

 トムは右に左に動き回りマルティアーゼのいる柱から少しずつ遠ざかっていく。

 カリーヌはトムに狙いを定めて霧の矢を飛ばし続けるが、トムは柱を利用して上手く躱しながらカリーヌに近づいて行く振りをしていた。

 マルティアーゼの手の中にまばゆいばかりの光の玉が出来あがると、カリーヌの視線に注意して柱に隠れながら近付く。

 トムが柱に隠れながら壇上にいるカリーヌの攻撃を躱し剣を突き出した。

 一瞬の隙を突かれてカリーヌが咄嗟に身を守った腕に切りつけた。

 手首を切り落とされぽとりと床に落ちたが、切り口からは血も流れず、霧のように煙となって消えていった。

 カリーヌも痛みを感じていないかのように無表情で杖を振り下ろした。

 トムは追撃せず直ぐさま後ろの柱に身を隠すと、幾つもの矢が柱に刺さった。

 切られて失った腕に白い霧が集まり腕が再生していく。

 トムがカリーヌの注意を引いてくれていたおかげで、マルティアーゼは直ぐ側の柱まで移動することが出来た。

 魔法が届く距離まで来たマルティアーゼは彼女の右手に持つ銀の杖に狙いを定める。

 カリーヌはトムが避ける事にイライラしていて、完全にマルティアーゼの存在を忘れているようであった。

「……今ね」

 柱から飛び出したマルティアーゼが右手に向けて光の玉を投げつけた。

 細長く伸びた光の玉は矢に変化していき銀の杖に向けて一直線に伸びていく、それに気づいたカリーヌが素早く霧の矢を飛ばし光の矢にぶつけた。

 壇上で弾けた光の矢は目も開けられないほどの光量を広間に照らし出し、一瞬カリーヌの体が光で溶けて倒したのでは無いかと思うほど、大広間が白い世界に包まれてた。

「あああっ……」

 カリーヌの上げた悲鳴の側でカキンと音が鳴る。

 光が収まりカリーヌの姿が見えると、隣には剣を振った格好をしたトムが立っていて、足元には銀の杖が真っ二つに折れて落ちていた。

「やったわ」

 カリーヌはよろめき、体は白い霧へと崩壊していき、上空に昇っていくのが見て取れた。

「あああ、私の町が私の民が……嫌よ、死ぬのは嫌っ、私の国は永遠に私の物よおおぉ」

 断末魔と共に両手を挙げて叫ぶ彼女の形相は苦痛と恐怖に満ちていた。

 昔に襲われ拷問の末になぶり殺しにされたあの時の記憶が、彼女の中に蘇り苦悶の声を上げさせていた。

 既に下半身が消えてしまったカリーヌは、両手を高々と挙げて逃れようと泣き叫んでいた。

「人は生きて死ぬ間に幸せを見いだす生き物なのよ、どちらも欠けてはならない必要なこと、貴方も人々と共に悠久の鎖から解き放たれるのよ」

 マルティアーゼは彼女に同情することもせず、人は生を完結させなければならないとカリーヌに諭した。

 カリーヌにマルティアーゼの言葉が耳に入っているのか、既に胸元まで霧散して消えていく彼女の見開いた驚愕の目は虚空を見つめていた。

「あああぁぁ」

 マルティアーゼとトムは彼女の消えていく姿と共に、足元から立ち昇る幾つもの白い光にも目をやった。

 一つ一つがこの城の住人だった魂の光だと直ぐに理解出来た。

 昇っていく魂が触れると安らぎと感謝の念が伝わってくる。

「皆これで本当に永遠の安寧を送ることが出来るわね」

 ぽつりとマルティアーゼが呟いた。

 そしてカリーヌの足元から一つの光が浮き出てきて、消えゆく彼女を連れて行くように絡み合った。

「ありがとうお姉ちゃん……やっと私達の時が動き出した、これでやっと……」

 二つの光が回転しながら空へと昇っていくのを、マルティアーゼ達は黙って見送ると、

「ほらトム、あれを見て」

 広間の窓から外を見ると、霧が輝き光の束となって空へと昇っていく様子が見えた。

「こんなに大勢の人々がいたのね、私達が町を出ようとしたとき逃がさないようにしたのも助けを求めていたのでしょう」

「不思議な物です、人の生とは一体何なのでしょうか、彼女は死しても尚この町に未練があったということですね、何も変わらぬ永遠の町などあってもどうすることも出来ないというのに」

 トムは哀れむ様に町の霧が晴れて本来の町の様子を見ながら言った。

「存在はいつかは消えるわ、私達がこの場所に来なかったとしても、いずれ銀の杖の力が無くなったときにはこの町は消えていたでしょうね、それがこの先何百年、何千年後だったとしても必ず訪れる、それまで変わらずこの地に存在していたとしても彼女たちはいずれ消える定めだったのよ、その存在に意味がないとも知らずにね」

 マルティアーゼに握られていた首飾りは輝きを失い、カリーヌの折れた銀の杖もいつの間にかただの枯れ枝のように無造作に地面に落ちていた。

 静まり返った広間でマルティアーゼ達は町を見下ろしていた。

「姫様、あれは……」

 トムが指差す町の先に微かに明かりが見える、それは人々が放つ光ではなく力強い太陽の光だった。

 その光が町を照らし出すと町全体の風景が見て取る事が出来た。

「ここは……洞窟……だったのですか」

 かなり広く大きな洞窟の中に一つの町の姿が浮かび上がっていく。

 人々の魂が消え失せ、露わになった町は古ぼけ、腐り果てた家や焼けた家が太陽の明かりに映し出されていく。

「これが本当の姿だったのね」

 その瞬間、マルティアーゼ達の足元が急に揺れ始めて、トムは急いで彼女の手を引き城を出ようと走りだした。

 天井や柱にひびが入り、傾いて崩れようとしていた。

「姫様急いで下さい」

 階段を駆け下りていると、広間の方からもの凄い衝撃音が聞こえてきた。

 回廊は綺麗だった床はボロボロでそこいらにツタがびっしりと生えていて、足を取られないように気をつけながら通り抜けていく。

 その後ろでは崩れた尖塔の重みで脆くなった壁が崩れて始める。

「もうすぐ出口です」

 はぁはぁと荒い息を吐きながらマルティアーゼは愚痴をこぼす暇さえ無く、トムに懸命に付いていく。

 入り口の大広間まで来たが、大階段は踊り場から下が崩れて降りられなくなっていた。

「ああっ、どうしましょう、このままじゃ生き埋めにされてしまうわ」

 息を切らしながらマルティアーゼが逃げてきた方を気にしていた。

 回廊が崩れてきて徐々にマルティアーゼの方へと迫ってきている。

「姫様失礼します」

「きゃあ」

 トムが剣を鞘に入れると、マルティアーゼを抱え上げて踊り場まで降りていき、勢いを付けて崩れた階段を飛び降りた。

 地面につくとそのまま扉を開けて外に出て、繋がれていた馬に乗り込んだ。

 背後で城が悲鳴を上げながら崩れていく。

 そこから逃げるように馬を走らせ町を抜けて光の出口へと全速力で駆けていく。

「止まっていた何百年もの時が町に降り注いで本来の姿を現そうとしているわ」

 木造の建物は腐り果て土に還り、石造りの家はがれきの山と変わり果てていくのを眺めながら、マルティアーゼはこの悲劇に見舞われた悲しい町の人達に哀悼の意を捧げた。

 それでもマルティアーゼの中では同情することは無かった。

 時に縛られ長い間閉じ込められていた人々が本来あるべき姿に戻ったというだけで、人の進むべき流れに乗っただけで死ぬことは生きる者の宿命だと思っていた。

「私達もいつかは死ぬ時が来る、だからそれまで思いっきり生を謳歌したいわ」

 差し込む光に照らされながら二人を乗せた馬が洞窟の出口に着くことが出来た。

「この町は杖の力で出来ていたのでしょうか?」

「それだけではないわ、彼女の強い思いが杖の力と引き合っていたのよ、杖の力があの町を彼女の想いが人々の魂を引き留めていたのね、杖が壊れたことで彼女に恐怖の時流が流れ込んだのよ、死という逃れられない恐怖に彼女の想いも崩壊してしまった、全ては過去の思い出に戻ったのよ」

 全身に光りを浴びたマルティアーゼ達の眼下には、広く続く緑の大地と地平線一杯に煌めく海が二人の脱出の成功を祝福していた。

 後ろでは時の流れ出した洞窟が、天井から崩れ落ちてきた大小の岩が降り注ぎ、大きな音を立てながら町を埋めつくしていった。

「いつの間にかローザン領を抜けていますね、見て下さい、街道があんなに遠い所に見えます、ここからは国のない土地ですよ」

「トム、私はまだここからでは見えない先の大地まで行くつもりよ、まだまだ世界は広いわね、私はこれからも沢山のことが知りたいの、付いてきなさい私の行く道に……」

「はい、何処までもお供しますよ、我が主」

 もう洞窟の入り口は大きな岩で塞がれ戻ることも出来なくなっていて、霧の町は永遠にその姿を封印してしまっていた。

 マルティアーゼは今回だけではない、霧の町のような不思議な出来事がこれから先も起こるのだろうかと興奮が抑えられず、つい先ほどまで危険な目に遭っていたにも関わらず、もう頭の中ではこれからの先の事を見据えていた。

「まずは海に出るわよ、あの太陽に向かって進みましょう」

 この先にも自分の知らぬ世界が待っている、そう思うと興奮が抑えられぬようでマルティアーゼは元気よく声を張り上げた。

「私は世界を見るわ、さぁ行きましょう、ここからが本当の自由への旅よ」

 マルティアーゼは今、大空に羽ばたき見果てぬ大地に向かって、トムと眼下の森へと駆け下りていった。

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