129 サン
大陸の中央部は東西に砂漠地帯が広がっている。
猛暑と寒冷の二つの顔を持つ砂漠で生きるための最低条件は水だった。
岩山は、風によって削られ撒き散らされるので地形の変化が激しく、長年生きてきた人々でも見慣れぬ景色になってしまうことがあった。
地下深くから湧き出る水の場所も例外ではなく、砂に埋まって消えてしまえば新たな水場を探さなくてはならない過酷な地域でもある。
そんな厳しい条件の中で生活を営む国がサン国だった。
サン国には四つの町があり首都はサン、南北に街道が通っており、街道沿いにサンを含む町が三つ作られていた。
東の離れた場所にもう一つ町がある。
領土は広くとも砂漠の中に建てられた国家に十分な特産物などありはせず、唯一採れるものといえば良質の石だった。
岩山の岩石を削り出し、他国に売り付けて国家の財政としていた。
何故海の近くに国家を置かなかったのか、元々が流浪の民であったサン民族が、干ばつで喘いでいたときに見つけた水場で定住したのがきっかけだった。
枯れない水場が彼らを定住の道を歩ませた。
砂漠の命ともいうべき水場は湧き水となって溜まり消えていくのが通常で、サン族はいくつもの水場を知っていて、水が枯れれば他の場所へと旅を続けていたが、とある年に猛烈な干ばつによってどこの水場も枯れ果ててしまっていた。
流浪の末にやっと見つけた透き通る水場は地面から湧き出て枯れることがなく、サン族は命を繋ぎ止めることが出来た。
その場所こそ、今の首都サンである。
サンでは水場の利用は厳しく取り締まり、直接体をつけてはいけなかった。
洗濯、炊事、飲料の全ては各家の水壺に入れてから使用するようになっていて、水場には常に兵士が見回り、規則を破ったものは厳しい懲罰が課せられるほどだった。
水があるからこそ、荒れた土地でも僅かな農作物を育てられるようになって食糧事情も昔に比べて安定してきていた。
国としてはまだまだ三流国家と呼ばれてはいても、この砂漠に町が出来たことは南北の交易にとって重要なことでもある。
それまで殆ど交流のなかった南北の国々は、サンが出来た事で宿泊も出来るようになり一時の休息を取り、砂漠に必要な道具や知識は旅人にとって有り難いものであった。
今まで知られていなかった文化や情報が行き来するようになったのは、サン国のお陰ともいうべきである。
しかし良いことばかりでもなく、広い領土のサンでは監視の行き届かない場所では旅人を襲う盗賊達が身を潜める絶好の場所にもなっていた。
盗賊にも大小様々な集団があり、縄張りでしか仕事はしない。
長く見通しの良い街道など、盗賊にとってはこれほど仕事のしやすい場所はなかった。
襲ってこないのは夜だけで、そのため一人や少人数の旅人達は昼間は物陰で日差しと盗賊から隠れ、夜に旅程を進める者も少なくない。
金持ちやそれなりの腕に覚えのある者は、傭兵を雇ったり旅人同士集団で固まって砂漠を横断していた。
盗賊達もここでの怪我は命取りになるのは十分承知しており、無駄に襲ったりはせずに、女子供、年寄りといった弱い立場の人達に狙いを定め、人質として価値があれば捕らえて身代金と交換したりする。
砂漠では抗争以外での殺戮は殆どなかった、あるとすれば人質としての価値が無くなったり見せしめぐらいの時で、とにかく砂漠では体力の消耗を抑え、いかに儲けて楽をするかが生き延びる策だった。
サン国からずっと東の海岸に盗賊たちのアジトが隠れ潜んでいる。
国境などあって無き物に等しい砂漠の国家は明確な版図が示されておらず、何処に何が住み着いているのかさえ把握していない。
岩山をくり抜いて出来たアジトの奥深くにマルティアーゼは捕らえられていた。
目を覚ました時、彼女の身につけていた短剣や杖、秘薬袋にお金は外されて、ひんやりする地下牢に閉じ込められていた。
「…………」
とても静かで人の気配はない。
窓もない地下牢は、一本の蝋燭がジリジリとかすかな音を立てて燃えていただけで他になにもなく、冷たい地面に座ったままだったので体が冷えてしまい身震いをした。
(何処なのここは……、確か海で溺れたはず)
それなのに目が覚めると、暗い牢屋に閉じ込められていた。
(一体誰が……助けてくれたのかしら)
側に落ちていた外套を手にとって体を包みこんで、自分の置かれた状況を思い出そうと必死に考えていると、何処かから足音が聞こえてきた。
砂を踏みならず音が近付き、牢屋の前で止まったので、マルティアーゼは顔を上げた。
「……あっ、目が覚めたの?」
牢屋の前に立っていたのはマルティアーゼよりも年上の女性で、手に持った蝋燭の光に浮かんだ彼女の顔は、何処か気位が感じられる品格があった。
彼女はマルティアーゼと目が合うと、不安と安心が入り混じったような顔で微笑んできた。
「貴方が助けてくれたの?」
マルティアーゼが彼女に話しかけると、首を振って返事をしてきた。
「誰が私を助けてくれたのかしら、私はどうしてこんな所にいるの、教えてほしいの」
「分からないわ」
「分からない?」
「私には分からない、貴方が此処に連れてこられたから私が面倒を見ているだけ、それより丁度良かったわ、これを食べて、お腹が空いてるでしょう」
彼女は柵の隙間から食事を差し入れてきた、固そうなパンにスープと見たことのない焼き魚が盆に乗っていた。
「貴方が目覚めていないならスープだけでも飲ませようと思っていたの」
その料理を見たマルティアーゼは、そこで自分がお腹が空いていることを自覚したのか、急に空腹感が襲ってきた。
パンを手に取り一口齧ってみると、むしゃぶりつくように食べ始めた。
「じゃあ、又来るね」
そう言って彼女が引き下がっていくのを、喉を詰まらせながらマルティアーゼは叫んだ。
「待って……まだ話が、聞きたいことがあるのよ」
蝋燭の火がだんだんと小さく遠ざかっていく。
一人残されたマルティアーゼは仕方なく、残りの食事に手を伸ばし食べ続けた。