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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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12

 薄暗く明かりもぽつりぽつりと点いているだけで、人の気配も感じずにしんとしていた。

「こんな所に町があるとは知りませんでした」

「寂しそうな町ね」

 道もでこぼこで歩きにくく、家の中には明かりが点いてはいるが人の気配というか物音一つしてこない、しかし一応は店も建ち並び誰かが住んでいるようにも思えた。

「この町で休憩ついでに食事でもしましょうよ」

「はい……」

 トムにはこの異様な雰囲気がとても気になっていたが、誰かが出てきて襲ってくるような殺気も感じられなかったので、マルティアーゼの言うとおりに食事が出来そうな店の前で止まって二人は中に入っていった。

 店には店主以外誰も客はおらずにトムが声を掛ける。

 歩み寄ってきた店主は卓に付いた二人を見ているのか見ていないのか、よく分からない表情で注文を聞いてきた。

「何が食べられるのか分かりませんね、店主適当に二人分の食事を作ってくれ」

 トムが無愛想な店主に注文をすると、店主は返事もせずに厨房の奥に引っ込んでいく。

「なんだか変な町ですね、食事を済ませたら直ぐに出て行きましょう」

「そうなの? こういう町だとばかり思っていたけど、こういうのは変なのね、ふうん」

 マルティアーゼにはおかしな場所には思われず、人寂しい町なだけだと思っていた。

「幾ら人が少ないと言っても建物の数と人が合いません、この町が漁で生計を立てているのであれ何処にも漁に関する道具も無ければ、磯の匂いもしてこなかったですし、森で生計を立てているにしても一切木の香りや木材などが無かったのです、そうです……ここでは何も匂いがしないのですよ」

 トムが小声で意味深なことを言ってきた。

「匂い……ねぇ、確かにそれと分かる匂いはしなかったわね、でももっと奥に行けば何らかの仕事をしている人が居るかも知れないわよ、後で行ってみましょう」

「いえ、私は早くここから離れた方が良いと思います」

 トムはマルティアーゼの意見に反対して町を出ようという、多少なりとも魔道の心得のあるマルティアーゼには特に魔力を感じる事も無く、少なくとも魔道によるものでは無いと思っていた。

 相手が人ならトムがいるので安心だし、危険はないとトムを納得させた。

 二人が料理を待っている間、そのような会話をしていたが一向に料理が出てくる気配も無く、奧から何も調理の音や匂いもしてこなかった。

「おかしいですね、おい店主、料理はまだか?」

 誰も出てこずトムが様子を見に行くと、慌てて引き返してきてマルティアーゼの手を掴んで外へと連れ出した。

「一体どうしたのよ、何かあったの?」

「いえ何も……何も無かったんです、店主もおらず台所には何も無かったんです」

「……え?」

「ただの部屋だけだったんですよ、空っぽの何も無い部屋だけでした」

 冷や汗を垂らしながらトムが答えた。

「急いで出ましょう、ここは何か変です」

 すぐにマルティアーゼを馬に乗せて駆け足で元来た道を走り出した。

 が、出口が見つからず、道を間違ってしまったのかと辺りを見回すが、立ち並んだ家以外濃い霧で隠れていて自分達がどの辺りに居るのか見当が付かなかった。

「おかしいです、こんなに奥まで町に入ったわけでは無いのに出口が見当たりませんね」

 道の真ん中で立ち止まった二人が周囲に気を配る。

 トムは腰から剣を抜き、いつ何時、何かが襲ってくるのではと警戒した。

 マルティアーゼは目を閉じ気配を感じようとしたが、

「特に襲ってくるという感じはしないけれど……」

 じわじわと周りの霧が二人の方へと流れ込んで来て、包み込もうと距離を縮めてくる。

「姫様……これは、しっかり掴まっていて下さい!」

 トムは手綱を強く引いて馬を走らせた。

 近付く霧に嫌な物を感じて、その場にいたら何か悪いことが起きそうな予感がして、とにかくその場から離れようと馬の腹を強く蹴った。

 行けども行けども霧の前では前すら見えにくく、ぼんやりと見える家々の間を縫うように右に左に馬を操り、この町を出ようと走り続けた。

 空も霧で薄暗く二人は霧の世界に迷い込んだみたいに、何処を見ても霧しか視界に入ってこない。

「なんて広い町なんだ、何処まで行っても出口すら見えてこない」

「トム落ち着いて、周りの建物も少しずつ変わってきてるわ、ほらあそこに大きな建物の影が見えるわよ」

 微かに何か尖った建物の影がシルエットとなり見えていた、トムはそこを目指して走っていく。

「これだけ走っていても誰一人見当たらないわね」

 広い通りの両側に並んだ建物の中はぼんやりと明かりが灯っているだけで、道に出ている住民も家の中で動く人の影すらなく、静まりかえった町には纏わり付いてくる霧だけしかないにも関わらず、誰か大勢に追いかけられているような圧迫感があった。

 とにかく外で走り回っているだけではいつかは馬がバテてしまう。

 マルティアーゼの見つけた尖塔に行けば上からこの町の地形が分かるかも知れないと急いで向かう。

 黒い影の尖塔が近付くにつれ建物が色濃く姿を現し始めると、尖塔の周囲にも他にいくつもの尖塔が並んで見え始めてきた。

 マルティアーゼ達が見ていたのは一番高い位置の尖塔で、低い場所にも尖塔があり、その建物に行くまでの道の脇には尖端の丸くなった柱が二人を導いているように等間隔に並んで建っている。

 尖塔が眼前に見えると、いつの様式の城なのか大小様々な尖塔が付いた大きな城の入り口が見えた。

「何処の城でしょうか、こんな所に城などあるはずが無いのですが……」

「とにかく中に入りましょう、馬も息が上がってきてるわ」

 城の門は開け放たれており、兵士一人出てこずに二人はすんなりと城の中へと入ることが出来た。

 近くで見る城は絢爛豪華で壁や柱一つ一つにも細かな装飾が施されている。

 門より中までは霧も入ってこられず、城に続く道の中ほどで綺麗に霧が止まっていた。

 二人は馬から降りると城門近くの木に手綱を括り付けておくと、城の扉を開けて恐る恐る中を覗いてみた。

 大広間はひんやりと、時が止まっていた空気が一斉に動き出したみたいに、二人の不審者に対してざわめき始めた。

「凄く空気が冷たいわ、それにねっとりと空気が重い」

 マルティアーゼはトムの後ろに隠れながら周りを見回してそっと呟いた。

 トムは荷物から持ってきた松明に火を付けて大広間を照らしてみた。

 するとざわめきがより一層激しく、明かりから逃れるようにねっとりとした重い空気が去って行った。

 大広間の中央には大階段が扇状にあり、踊り場の壁には大きな絵画が吊されている。

「この人がここの主なのかしら」

「女主人ですか……、美しい方ですね」

 絵画には赤いドレスを着た髪の長い金髪青眼の女性が描かれていた。

 二人が見とれているとどこかから声が聞こえてきた。

「ようこそ霧の町テボロサーレへ、あなた方を歓迎しますわ、永遠に……」

「誰だ、何処にいる」

 女性の声は頭上から聞こえたと思えば、直ぐ隣から聞こえていたみたいに声の出所が掴めなかった。

「貴方はここの主人なのね、何処にいるの出てきて」

 マルティアーゼの質問にも返答せず、周りはしんと静まり返っていた。

「探してみましょう、何処かにいるはずです」

 二人が階段を上がり長い回廊を歩いて行く。

 回廊には沢山の部屋がありどの部屋にも人は居らず、まるで昨日、今日まで使われていたような整然とした埃一つもない、綺麗に整った部屋がそこにあるだけだった。

 回廊の奧には上へと続く螺旋状の階段が伸びていて、二人は迷わずそこを上がっていった。

 一体幾つの階段があるのか、長い階段を息を上げながら上っていった先には扉があった。

 扉を開けると中庭のような場所の外に出た二人は、そこから町が眺める事が出来るほどの高さまで来ていたことに気づいた。

 町の風景は厚い霧に一面覆われて雲海を見ているように、下には何があるのか見ることが出来なかった。

「これは……」

 霧は生き物の様に波打ちマルティアーゼ達が降りてくるのを今か今かと待ち構えているみたいにうねっていた。

「霧に意思があるみたいに……、見てあれを……遠くの方は霧がまだ薄いわ、でも私達のいるこの城の周りだけがこんなにも濃い霧が集まってきている……、こんな事が有るはずが無いわね」

 民衆が王を一目見ようと城の周囲に集まっている時のような激しいざわめきを霧に感じた時、

「姫様、あそこに入り口が……」

 トムが指差す場所には更に高い尖塔へ行く扉があった。

「あそこが一番高い場所ね、行ってみましょう」

 二人は更に螺旋状の階段を上っていった。

 城の中心に建つ尖塔の内部は広く、階段の途中にも部屋が幾つもあり、その中の一つから微かに鳴き声が聞こえてくるのが耳に入った。

 トムと目配せをすると声の聞こえてくる部屋の扉に手を掛けてみた。

 すんなりと扉が開き、部屋の中を確認してみた。

「……ううっ……ううう」

 小さな女の子が一人、部屋の床で崩れ落ちた格好で泣いているのを見つけると、マルティアーゼが声を掛けてみる。

「どうしたの、何をそんなに泣いているの、貴方がここの主かしら?」

 女の子は顔を上げマルティアーゼ達を見ると、悲しそうな表情を浮かべていた。

 金髪の美しい波打った髪が腰まで流れ落ち、ピンク色のドレスを着た少女がこちらを向き返事をする。

「ううん、私はテボロサーレの第二王女サディよ、お姉ちゃん達は誰?」

「私はロンド・マール……旅の者よ、この町に迷い込んで出られなくなってしまってこの城までやって来たのよ、この町はどうなってしまったのか教えて欲しいの」

「テボロサーレは昔に西の王国に滅ぼされてしまった国よ、私達や町の人々が皆殺しにあったのよ……、でもお姉様によって私達の魂は今だこの地に縛られ、永遠に彷徨う存在になってしまったの、お姉ちゃん達もこの地で死ぬまで彷徨い、この地に永遠に魂を縛られ生きていかなくてはいけなくなるのよ」

 マルティアーゼ達は驚きを隠せなくてトムと目線を交わした。

「それでは貴方のお姉様がこの町をこんな風にしているのね、お姉様は何処にいるの、貴方のお姉様を成仏させればこの町は開放されるのね」

「お姉様は強いわ、お姉ちゃん達で何とかなるはずがないの」

「でも会わずにいれば私達はいずれはこの地で餓死してしまうわ、どちらにしろ貴方のお姉様に会わないわけにはいけないのよ」

 マルティアーゼは諭すようにサディに伝えた。

「私はここに縛られ動けないのよ、もしお姉様を倒すつもりなら銀の杖を壊して、あれがお姉様に力を与えているの」

「銀の杖ね、分かったわ」

「もう一つ……この上にお父様のいた部屋があるの、お姉ちゃんが魔法を使えるのならその部屋にある首飾りを使って頂戴、町の人に安寧を……安眠を与えてあげて欲しいの、もう彼らも長い間ここで彷徨っているわ、私にはそう願う事しか力になれない、お願いね」

 サディは力なく泣き崩れてしまった。

「有り難う、必ず貴方たちを開放し安寧を……行きましょうトム」

「はっ」

 二人は上の階の部屋に入ってみた。

 部屋には誰も居らず、綺麗に整理された室内で言われた通り首飾りを暖炉の上で見つけることが出来た。

 赤い大きな宝石が銀の飾りに嵌められており、マルティアーゼは手に取ると首飾りから感じる魔力に驚く。

「素晴らしい魔力を感じるわね、何だか包み込まれるような安心感を感じるわ」

「それがあればここの主を倒せるのですか?」

「まだ分からないわ、サディの姉がどれ程の力を持っているのか、あの子の言う銀の杖の力はどれ程の物か……、でもこれがあれば私にだって大抵の魔法が使う事が出来るわ」

「では早速」

「待って」

 トムが部屋を出ようとするのをマルティアーゼが止めた。

 マルティアーゼはトムの長剣を持つと、詠唱を唱え始めた。

 ぼんやりと剣に輝きが浮かび上がり、青い炎が刃に纏うとトムに返した。

「相手はこの世の者ではないのよ、普通の剣では効かないでしょう、その剣であれば少しは相手に出来るかも知れないわ」

「分かりました」

 尖塔の最上階の広間に入ったマルティアーゼ達は息をのんだ。

 奧の壇上に立つ背の高い美しい女性が、何かを願っているみたいに手を組み祈っていた。

 彼女の周りは青白くゆらゆらと幽鬼のような空気が立ちこめていて、彼女はマルティアーゼ達が入ってくるとゆっくりと目を開いて二人を見つめた。

「ようこそ、新しい民となる方々、私はこの城の城主カリーヌ、さぁ祈りましょう永遠の平和を、迷うこと無く生き続けられる安住の地を貴方達にも与えましょう」

 カリーヌは両手を挙げると、足元の床から霧が湧き出てきた。

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