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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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「砂浜……」

「マールさん、こっちです」

 少し離れた場所からマルティアーゼを呼ぶ声がした。

 一面の青い海に白い砂浜に出てきたマルティアーゼは、はっとして後ろを振り返った。

 森の奥から木々の折れる物凄い音が聞こえて、それがマルティアーゼの方へとだんだん大きくなってくる。

 急いでトムの方に走り出そうとすると、森からマルティアーゼの行く手を塞ぐように森から竜が飛び出してきた。

 砂塵を巻き上げて咆哮した竜がマルティアーゼに向けて牙を見せつけてきた。

「ああ……」

 マルティアーゼは驚き後ずさった。

 二人が乗ってきた船はトムの近くにあった、だが船に行くには竜との対決は覚悟しなければならず、マルティアーゼは杖を手に向かい合った。

「マールさん!」

 トムが慌てて剣を構えて走ってこようとするのを、

「トム、船を出して」

 マルティアーゼはそれを制止、トムに言い放つ。

「しかし……」

 トムにとっては主たるマルティアーゼの危機を見捨てるわけにもいかず、立ち戸惑っていると、

「はやく!」

 マルティアーゼから珍しくきつい口調が飛ぶと、トムは歯ぎしりをすると回れ右をして船に向かい遠ざかっていく。

「いいわ、私が相手してあげる、さぁこっちよ」

 竜が四肢を折り曲げ跳躍した。

 頭上から覆いかぶさるように飛んできたのを見て、素早く後ろに転がり飛び退いたマルティアーゼは、起き上がると素早い詠唱のあとに火球を竜の顔目掛けて投げつけた。

 眼の前で爆発した火球だったが竜は目を閉じ顔を背けただけで、平然と首を伸ばして噛み付いてきた。

 マルティアーゼの上半身など一噛みで失くしてしまう大きな口が、彼女のいた地面に突き刺さり、空を切った竜は頭に積もった砂を振り払い再度牙を向けた。

 その攻撃もマルティアーゼは大きく後ろに飛び退いたが、飛んだ先が海だったため足首まで浸かってしまう。

 そこを口で捕らえられないのならと竜が水平に尾を振ってくる、次の攻撃も目で見えていたのでマルティアーゼは尾の届かない場所へ足を踏み込んで勢いよく跳ぼうとした……が、砂地で力が分散し水の抵抗で跳ぶというより海面に倒れ込むような形になってしまった。

「あっ……」

 倒れた所に竜の尾がマルティアーゼの横っ腹に僅かに入ってしまう。

 ボキッと嫌な音が全身に響き渡り、マルティアーゼは海の中に倒れ込んだ。

 尾の先が微かに当たっただけだと思ったが丸太で殴られたみたいに固く、マルティアーゼのか細い肋骨などいとも簡単に折ってしまった。

(しまっ……)

 身動きの取れない海から浮かび上がったマルティアーゼに、竜がとどめの攻撃を加えるために海に飛び込んでくる。

「ああっ……」

(逃げられない、なら……)

 その瞬間、周囲の水が巻き上がったかと思うと、金色の目になったマルティアーゼの口から詠唱が唱えられた。

 空気は熱されぐんぐん気温が上がり、熱風が竜にまで広がるとあまりの熱さに顔を背ける。

「トムが近くにいないから加減する必要もない、昨日よりは熱いわよ」

 頭上に出来た火球は大きく、取り巻く熱風で空間が歪んで見えた。

 それでも逃げようとしないのはこの島の王者としての威厳なのか、手に届く獲物を逃すまいとする食欲のせいなのか、低い声を喉の奥から出して威嚇しながら、身体を左右に振って隙きを窺っている。

 マルティアーゼは相手が仕掛けてこないのならと、先手を打って火球を竜に投げつけた。

 勢いよく飛んでいった火球を竜が前足を上げてはたき落とそうとした。

 昨日のような火球であれば難なく払い除けられるはずであったが、爆発した煙の奥から見えて来たものは前足の失った竜の姿だった。

「ガァァァ」

 大量の血を海の上に流しながら竜が叫ぶ。

 吹き飛んだ前足の周囲は焼け焦げ黒く炭になっている部分もあり、水しぶきが焼けた部分にかかると水蒸気となって立ち昇った。

 相手にこれほどの力があった事に竜は死の香りを嗅ぎ取ったのか、その場から逃げようと森の方へと三本足で後ずさりをした。

「此処まで来て逃げる気なの」

 マルティアーゼがもう一度詠唱を始めると、海からトムが叫んだ。

「マールさん、潮が早いので流される前に船に乗って下さい」

 トムが必死で舵を漕いで流されまいとしながらマルティアーゼを呼んだ。

 あと一撃で仕留められる寸前だった竜は砂浜に上り、森を目指して体を引きずっていた。

 詠唱をやめると、マルティアーゼの目の色は元に戻り、

「……」

 我に返ったようにマルティアーゼは竜の後ろ姿を見つめる、先程まで喰らおうと涎を垂らしていた捕食者が、今は必死に逃げようとする姿に憐れみのような感情が湧き上がってくる。

 竜は今では狩っていた獲物の立場に立たされ、何を思いながら逃げているのだろうか、弱肉強食のこの島で勝ち残ってきた者が初めて感じる死という恐怖を感じているのか、それともそのような事を考えている暇もなく、早く姿を隠すのに無我夢中なのか、誰の目にも逃げるというより這っているみたいにのろのろと動きづらそうに砂場を歩いていた。

 マルティアーゼはもう襲ってこないと分かると興味を失ったのか、トムの待つ船に向かって泳ぎ始めていた。

 流れる潮は向かう方向とは逆に、泳げば泳ぐほど遠ざかっていく。

「はぁはぁ……」

 必死に泳いでいるが体力がなく、このままでは力尽きて海の藻屑になってしまいそうだった。

 トムも船首をマルティアーゼの方へと変えて、必死に近付こうとする。

「マールさん、もう少しです頑張って下さい」

 溺れているみたいに手足をばたつかせているマルティアーゼの側まで潮の流れを利用して近付いたトムは、すれ違う瞬間を狙って彼女の手を掴んだ。

「もう大丈夫です」

 引き上げられたマルティアーゼは疲れた体を横たえようとした時、胸に痛みが走った。

「!」

 声にならない悲鳴があがり、マルティアーゼはうずくまった。

「どうしました? どこか怪我でもしましたか」

 心配したトムがマルティアーゼを抱き起こすと、またもや悲痛な声が上がった。

「一体何処を怪我なさったんですか?」

「…………、右胸を……折れたみたい、私のことはいいわ、船を……早く出さないと流されるわ」

 海に出たからと安心もできない、此処はまだ雲に包まれた島の中であり、轟々と流れる気流が雲を集め上空へと昇っていく様子が真上に見て取れる。

 トムは櫂で必死に外に出ようと海流に逆らいながら漕いだ。

 隣では横たわったマルティアーゼが治療をしながら額に玉の汗を浮かべていた。

 潮の流れが早い島の周りから徐々に離れるに連れて緩やかになり、目前の霞も晴れると、トムはようやく島から脱出出来たことを知り一息入れることが出来た。

 体中から汗が滴るほど渾身を込めて漕いでいたため、体中の汗がキラキラと日光に反射して引き締まった筋肉が輝くように浮かび上がっている。

「やっと……島を出られましたね、怪我の方は大丈夫ですか?」

「ええ……何とかね、これがあったからこの怪我で済んだのよ」

 そう言ってマルティアーゼは首にかけた首飾りを取り出してトムに見せた。

 広場から逃げる際に拾った銀製の首飾りは、丸い板に浮き彫りの飾りが付いていた。

 長い年数が経っているため褐色に変色していたが錆びることもなく、その下には銀色の輝きが僅かに見えた。

「それは……あの時の?」

「ええ、広場で拾ったものよ、あの島に来た誰かの物だと思うのよ、あそこに捨て置いておくよりも待ってる人に渡してあげようと持ってきたのだけれど、これに助けられたわ」

 それでも肋骨にひびは免れていないだろうぐらいは胸の痛みで分かる、息をするたびにズキズキとひどく痛むせいで、呼吸も荒く苦しそうにしていた。

 トムは自分が出来ることは治療などではなく、一刻も早く安心して休める陸に上がることだったので、呼吸を整えると船を沖へと進ませる。

 すると、水平線の先に一艘の小型の船が浮かんでいて、その船に立っていた人影がこちらを見つけて手を振っているのが見えた。

「何でしょうかあの船は……」

 近づくのは危険かも知れないと思いつつも、帰りの方向がその船の浮かんでいる方だったため、注意深く慎重に近づいて行く。

 手を振る人影の隣にもう一人、船に乗っている人影が見えた。

 傍らには怪我をしたマルティアーゼがいて、相手がもし盗賊の類なら彼女を危険にさらしてしまう、そう思ったトムは何時でも剣を抜けるように注意しながら、相手の顔が見える所まで船を近づけた。

「おおい、こっちだ」

 トムとマルティアーゼは手を振る相手の顔を見た途端、二人は驚いた。

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