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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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11 霧の国テボロサーレ

 朝、マルティアーゼが目覚めると、消えたたき火の前で座りながら眠っているトムを起こさないように、たき火に火を付けようとしていた。

 トムのやっていたのを見ていて出来ると思っていたが、意外と難しくてかちかちと何度も石を打ち付けるが火が点かない。

 一生懸命打ち付けている音でトムは目を覚ますと、目の前でマルティアーゼが火を付けようとしているのを目撃して飛び起きた。

「姫様、そのような事は私がやります」

「起こしちゃったわね、中々火が点かなくて……」

 トムが交替して火を起こしてあげる。

 それを見ながら、

「こんな事も出来ないなんて恥ずかしいわ……」

 マルティアーゼは落ち込んだように眺めていた。

 朝の冷えた体をマルティアーゼはたき火で温めながら、トムが持っていた干し肉を受け取った。

「旅ではこのような食事が普通になりますよ」

「構わないわ、私いつもそんなに食べないから」

 マルティアーゼは固そうに歯で噛みちぎり食べながらトムに言う。

「食事が終わったら早速この国を出ましょう、国を出る前にあたしが居なくなった事が国に知れ渡ったら出られなくなるわ」

「その前にその服装では少し上品過ぎますね、町人風にしないといけませんよ」

「……そう、じゃあ近くの町で買い換えましょう」

 持っていた干し肉を口に放り込んで水で流しこむと、立ち上がって出発の用意をし始めた。

 マルティアーゼを前に二人が乗った馬は南に向けて走り出した。

 見る限り深い草で覆われた草原を真っ直ぐに突き抜けて進んでいくが、馬上から彼方の山や草原を見渡しても何処にも人が住んでそうな場所は何も見えなかった。

「いい景色ねぇ、あの山はどの位高いのかしら、お城よりも高い所にあるのよね、あら何かが走ったわ、草で見えないけれど動物がいるのね、あっ、あそこの木には鳥が止まってるわ」

 マルティアーゼはきょろきょろと目に付く物に興味を惹かれて、鞍上ではしゃいでいる。

「姫様、あまり暴れると落ちてしまいますよ」

 マルティアーゼがふくれっ面をする。

 早足で歩く馬の上は上下に揺れていて気を抜くと落ちそうになる位で、マルティアーゼも何度か危うく落ちそうになっていた。

「もう少し足場のいい場所に出れば良いんですが、ここを抜けるまでは辛抱して下さい」

 陽は昇り城のほうではてんやわんやの大騒ぎになっているかも知れず、もしかすれば捜索隊が編成されているかも知れなかった。

 二人が草原を抜け、山の麓まで来た時には太陽が真上に昇っていて、気持ちの良い暖かさで馬の上でうつらうつらとマルティアーゼが居眠りをし始めていた。

「姫様、あそこに道があります、近くに人家があるかも知れません」

 声を掛けられ眠い目を擦ったマルティアーゼが様子を窺う。

「細い道ね」

「あまり使われて居なさそうですね、しかし一応誰かが最近通った様な足跡が残ってますし、近くに人家があるかも知れません」

「そうね行きましょう」

 獣道みたいに細かったが草は取り払われ、地面が剥き出しになっている道が細々と続いていて、その道に入ったことで走りやすく速度を出すことが出来た。

 南に向けて走っていた二人は、程なくして小さな村のような集落に入った。

 山を背にかたまって出来た人家がぽつりぽつりと点在しており、店などといった建物は見つからない。

「人が居るわ、聞いてみましょう」

 一人の老婆が一人日向ぼっこをしていたので話を聞いてみると、ここはグムの村という所であり、ここから後ろの山を越えて南に出れば町があると教えられた。

 老婆に山道を教えて貰い、そのまま峠越えを開始する。

 山道はそれほど高い所まで登らずに南側に行ける道があるという。

 険しくはあったが一応この村で使われている道だったので、大きな石などは取り除かれ幅も広く歩き安くはあった。

 小一時間登り続けたら眼下に広大な草原が目に入ってくる、。

 それを目にしたマルティアーゼは感慨深く視界の端から端まで全てが緑で埋め尽くされている大地を眺めていた。

(こんなに広い土地があるのにどうして皆は一つの場所に集まって生活するのかしら、何もあの街でわざわざ暮らさなくともこれだけ広い土地があるのなら……)

 国の形成について興味がなかったマルティアーゼには、広い土地があれば何でも出来るのではないかとしか思っておらず、街を作るというのにどれだけの費用や、それに伴う治安や警備がどれ程大変なのか知るよしも無かった。

「姫様、峠の頂上に着きました、後は下っていくだけですよ」

「早いわね、山はまだもっと上の方にあるというのに」

 平坦な道に変わり山を越えていく。

 両側にはそびえ立つ山肌が道を挟んでいた。

 後ろを振り向くと広い大地が見えなくなっていき、白い石ばかりの景色になってしまった。

「寒くは無いですか?」

「大丈夫よ」

 少し肌寒くなったぐらいで残暑が終わった季節では丁度いい気候だった。

 次第に足場が傾き始めて下っている感じになってくると、眼前の道の先に開けた景色が見えてきた。

「まぁこちらにもこんなに大きな森があるのね」

 岩肌の崖で立ち止まって見た森は、青々としていて深い森が広がっていて、その中にぽつりぽつりと開いた穴に建物が見えた。

「ここもローザン大公国なの?」

「だと思います」

「こんなところまで国があるというのに私は一度も来たことが無いなんて、あたしは本当に籠の中の鳥ね、恥ずかしいわ」

 森の先にうっすらと海が見えている。

「あれが海ですね内海ですよ、と言うことはあそこは南東の町になるのかな」

 紺色の海がうっすらと見えていて、一見すると地平線だと勘違いしそうなぐい微かにしか見えなかった。

「行きましょう、時間が御座いません」

「そうね、もう私が居なくなってることにも気づいてるでしょうし」

 トムが手綱を引いて山に沿って崖を降りていくと、道が森の奧へと入り込んでいた。

 森をくぐり町に着いた時は夕暮れ時になっていて、二人はまず服装を変えるために服屋に立ち寄ってこの辺りの人達が着ていそうな服装に着替えた。

 マルティアーゼにはつばの大きな帽子を買って、顔が見えない様にしていた。

 トムはマルティアーゼを守らねばならないために、革の服装に鍛治屋で剣を購入すると腰に差して傭兵の格好になっていた。

「私も何か使える武器はないかしら?」

「とんでも御座いません、姫様はそのような物騒な事はなさらなくても宜しいのです」

「ちょっとトム……ここは町よ姫様なんて言わないで」

「申し……すみません」

「私だって強盗の時には短剣を使ったわ、あれがあったから貴方を助けられたんだし、それに魔法だって使えるのよ、そうねえ杖でも良いわ短い杖なら邪魔にならないし役にも立つわね、何処かで売ってないかしら?」

 見渡す限り町の建物には導具屋は見当たらなかった。

「ここは極東の地ですからエスタル王国と違って魔道士も殆ど居ないですからね、商売する者も居ないでしょう」

「仕方ないわね、他の国に行ったときにでも買い揃えましょう」

「今日はこの町で泊まりますか?」

「いえ、このまま国を出ましょう、安心して眠れないわ」

「では食糧と水を買ってきますのでここで待っていて下さい、くれぐれも離れないようにして下さい」

「分かったわ」

 トムが走って食糧を買い揃えに行く。

 マルティアーゼは馬に乗ったまま行き交う人達や町の喧騒を聞きながら待っていると、町の警備兵が歩いてきて声を掛けられた。

「何処から来たんだ、ここの者じゃないだろう、なにをしてるんだ?」

 鎧を着た頬のやせこけた兵士が、マルティアーゼを下から覗き込もうとしながら話しかけてくる。

「私は友達を待ってるだけです」

 それを見られないように顔を隠しながら答えた。

「何故顔を見せないんだ? 何処の餓鬼だ?」

「が……餓鬼とはなんですか、女性に向かって失礼ですよ」

 キッと兵士を睨んで言い放った。

 一瞬目が合った兵士が怯んだが、

「餓鬼が生意気を……、おめえ何処かで見たような感じがするな」

「貴方など知りません」

 マルティアーゼは顔をそらして返事をした。

 その時、駆け寄ってきたトムが慌てて兵士に詰め寄っていく。

「何かしましたか」

「ん、なんだおめえはこの餓鬼の知り合いか?」

「ああ、そうだが連れが何かしたのか、したなら謝るが……」

「別に何てことは無い、ただ何してるか聞いてただけだ、おめえこの餓鬼の連れならもうちっと言葉使いに気をつけろと言っとけ、ませた餓鬼だぜ」

 兵士はそう言うと、舌打ちをしながら去って行った。

 トムはれを見送るとマルティアーゼに問いただす。

「何があったのですか、静かに待っていて下さいと言ったではありませんか」

 ふくれっ面でトムを見たマルティアーゼは反論した。

「私は何もしてないわよ、ただここで貴方を待っていたらあの兵士が私に話しかけてきたのよ、私の事を餓鬼と言ってきたから失礼よって言っただけ」

「……そうですか、早くここから離れた方が良いみたいですね、いるものは買ったので町を出ましょう、マ……マールさんはここでは凄く目立ちますからね」

 トムは馬を出して町の南側から街道に向かっていった。

 森の中の街道は真っ直ぐ南に伸びていて、見晴らしが良かった。

 トムが道を進みながらマルティアーゼに町で仕入れた情報を教えてきた。

「このまま行けば国境の検問所があるそうですが、かなり厳しく取り調べがされるそうですよ、どうしますか?」

「じゃあこの道を離れて海の方に行きましょうよ、元々道は進まないと言ってたんだし、海を見てみたいわ」

 途中で道を外れて東の森へと分け入っていく、夕方の森の中は上空から赤い光が差し込んできていて赤い光を頼りに奧へと進んでいった。

 それも幾ばくも掛からずに陽は落ち、トムの持った松明で進んでいくことになったが、腰を下ろせる場所を見つけると今日はそこで野宿をする事にした。

 初日と同じく真っ暗な場所での野宿だったが、マルティアーゼは気にする様子も無くこの状況を楽しんでいるように周りを見回していた。

「不思議ね、同じ野宿でも場所が違うだけでこんなにも雰囲気が変わっていて、これからも色んな場所でこうして野宿をするのでしょうね」

 草原とは違い森の中は周りの木々で囲まれていると、マルティアーゼの居る場所が部屋にいるように、明かりが照らされる小さな空間にだけ安心感が感じられた。

「もっと世界には不思議な場所が沢山あるのでしょうね、私の生きてきた場所がどれだけ大きくてもちっぽけな場所だったかよく分かるわ」

 たき火だけの部屋であったが自分のお城の部屋よりも妙に落ち着き、安心感をもたらしてくれていた。

 野菜と肉を挟んだパンと水だけの質素過ぎる食事にも不満も漏らさずに、ゆっくりと時間を掛けて食べ終えるとそのまま横になり眠りについた。

 トムはその日も遅くまで火の番をしてから夜中に眠りについていた。

 朝二人が目覚めると、辺りは濃い霧が立ちこめており、空は陽が昇っているのに薄明るく、森の中までは明かりが差し込んでは来なかった。

 それでも森全体が青白く足元が見えるぐらいにぼんやりと照らされていたので、支度を済ませると東に向けて出発していった。

 体に纏わり付く霧で服が湿り気を帯びてくる。

 顔に触れるひんやりと冷たい空気は眠気が覚めるぐらい気持ち良かった。

「何だか夢の中を歩いてるようね、わくわくするような少し怖い様な変な感じがするわ」

「頭に気をつけて下さい、枝が伸びておりますので」

「ええ」

 静かに二人を乗せた馬が首を振りながら道無き道を進んでいく。

「そろそろ森を抜けてもいい頃合いなのですが、全然霧が晴れませんね」

 昼頃になってるはずなのに霧は一向に晴れずに二人の視界を塞いでいた。

「森を抜ければ景色が見えるでしょう、もう少し我慢しましょう」

 その後も状況が変化することも無く、まるで同じ場所で足踏みをしているのではないかと錯覚が起き始めようとしていたとき、マルティアーゼが何かを見つけた。

「ねぇあそこに明かりが見えるわ、何処かの町かしら行ってみましょう」

 馬首をマルティアーゼの言う方向に向けて進んでいくと、霧の中に人里が見えてきた。

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