106 鍛冶屋ボルド
三人はリム遺跡を出てアルステルへの帰路を急いでいた。
あの時のことを思い出すとお腹が減っていようとも食欲が湧かず、とにかく早くアルステルに戻りたい一心で馬を走らせていた。
微かに道だと分かる森の中を暗くなるまで走り続けていた時、道から外れた森の中に小さな小屋の影を発見した。
まだ帰路の旅は長く、今日ももうじき日が落ち始めるので、その前に休める場所を見つけておきたかった。
廃屋だろうかと近寄ってみると、中から何かを叩く音が聞こえてくる。
もう国が無くなったのでリム王国領内とは言えなかったが、人々が皆、他の地域に移り住んで久しい森の中で、まだ人が残っていた事に驚いた。
もしかすると、また危険な輩が潜んでいるのかもしれないと、馬を降りて裏手の窓から覗き込んでみた。
小屋の中は暑く、蒸し風呂のような熱風が窓から流れ出てきて顔に当たった。
「盗賊ではなさそうね……」
「あれは鍛冶屋でしょう……」
マルティアーゼとトムが言葉を交わすと、
「誰じゃ! 出てこい」
野太い声が発せられると、金属音が鳴り止む。
「見つかったわ」
「見つかるも何も別に悪いことをしてた訳じゃないですよ……、あっいや、我々は旅の者です驚かせて済みません、今夜の野宿場所を探していたもんで……」
トムが慌てて窓から挨拶をした。
「そんな所に玄関はないぞ、ちゃんと扉から入ってこんか」
罰が悪そうに三人は玄関を開けて中に入っていく。
むっとする熱気に早くも汗が滲み出てきそうだった。
小屋の主は歳は取っていたが、芸術と云わざるを得ないほど見事な筋骨隆々で、背はトムと同じぐらいだったが、その体躯のお陰でトムより何倍も大きく感じられた。
「女二人に男一人で旅とは変わっとるの、両手に花とは立派な身分じゃな」
深く刻まれた皺が横に広がって白い歯を見せた。
「そういうのではないのですが……、私達はアルステルに帰る途中に此処を見つけたもので、人が住んでいるとは思いませんでしたから失礼をしました……、もし宜しければ今晩泊めて貰えないかと」
トムが説明をした。
「別に構わんがもてなせる物など出せんぞ、此処に何をしに来たのか知らんが、盗賊……ではなさそうだが、もしそうなら出て行ってもらうぞ」
年は取っていても目の奥にキラリと光るものが伺え、ただの鍛冶屋ではなさそうに見えた。
顔面は黒い無精髭が口から顎にかけて伸び放題で、薄っすらと白が混じる髪の毛でそれなりの年齢だと想像出来る。
「ええ……私達は依頼の仕事で来たのよ、でも何も得られなかったから帰る途中なのよ」
マルティアーゼは素直に答えたが、鍛冶屋の男性は、
「ふん、仕事だと言ってリムの財宝でも取りに来たのではないのか、リム王国の宝なんざもう何処にもありゃせんのに、今でも夢見た奴らがやって来るからの」
「…………」
「まぁいい、そこに座って寛いで待っとれ、儂はまだ仕事が残っておるからの」
そう言って奥の部屋に消えていくと、またあの五月蝿い金属音が聞こえてきた。
マルティアーゼ達は椅子に座り一時の休憩を取りながら、鍛冶仕事が終わるのを待っていた。
部屋には沢山の武器や防具が飾られていて、トムはずっと見て回りながら凄い凄いと呟きながら興奮を抑えられないようで、
「これは竜の骨で出来ている……凄い初めて見た、なんて素晴らしい装飾が施されているんだ、一体どの位の価値があるのか想像もつかない……、他の物もどれも一級品だ、マールさんここの鍛冶屋はかなりの凄腕ですよ」
「ふうん、そうなの? 綺麗だとは思うけど、良さが分からないわ」
「何を言いますか、スラッと伸びる刀身の輝きといい、この形もどれも持ち手の事を考えていますよ」
疲れも忘れるほど目を輝かせて力説するトムに、スーグリも初めの内は聞き入っていたが少しづつ瞼が落ち始めていき、マルティアーゼは彼にこんな一面もあったのかと新鮮な感じで話を聞いていたが、内容は殆ど判らなかった。
日が暮れ、家の中が薄暗くなってくると、奥から聞こえていた音が鳴り止んだ。
スーグリは疲れて寝てしまい、卓の上に体を預けて寝息を立てている所に、
「済まんの、つい夢中になって暗くなってることに気が付かなんだわ、ははっ、こんな所で一人だから何にもないが腹が減ってるだろ、直ぐに飯を作るとしよう」
鍛冶屋の男が笑いながら部屋から出てきた。
「あの……ごめんなさい、名前をまだ言ってなかったわ、私はマール、彼はトム、そしてこの子はスーグリよ」
「ふむ……まだだったか忘れとったわ、儂はボルド、鍛冶屋のボルドだ」
「ここの武器や防具は素晴らしいです、こんな場所で……あっいや失礼、とても素晴らしい腕をお持ちなのに何故ここで鍛冶をしておられるのですか?」
トムは感嘆の余りボルドに興味を持ったようだった。
「人嫌いで余り人と接触しとうない、町にいると毎日誰かが来て、ああだこうだと仕事に集中が出来ぬでな、じゃが儂とて物は買うし、そんときは町へ作った武器や防具を売りに行き、その金で生活しとるんじゃ」
「この近くに町があるというの?」
マルティアーゼが驚いて聞いた。
「ないよ」
きっぱりとボルドが言い切った。
「ここから一番近い所でエスタルじゃな、それだけ離れとると人も来ぬでな此処で鍛冶をしとるんじゃ」
「何と勿体無い……、この腕なら引く手あまたに依頼が来るというのに」
「儂は一本、一本丹精込めて作るんじゃ、依頼が多すぎると作るというより作業になってしまうのが嫌なんじゃ、本当に儂に作ってもらいたいと言う奴は自分の足で此処まで来よるし、そんときゃ儂が納得がいく物が出来るまで、どんなに時間が掛かってもいいと言う奴だけの物しか作りゃせん」
それはボルド自身、世に出す物が粗悪品であってはならないという鍛冶屋としての信念みたいなこだわりがあった。
「これだけの業物は、何処に行ってもそうそう手に入れられないのは確かですよ、それにこの竜の骨で作った剣なんて、いくらの価値があるのやら……」
「それは儂の最高傑作だ、売る気はない」
「そんなに良いものなの?」
「ふははっ、まぁあとで良く見せてやろう、その前に飯でも食おう、お主らのことも聞きたいしの」
ボルドが明かりを灯すと、トムは持ってきた肉を渡した。
「ほお……いい肉だ、今日はご馳走だな、ははは」
と、喜んで料理をしてくれた。
部屋中に香ばしい肉の焼ける匂いが広がってくると、スーグリが目を覚まして空腹を訴えた。
つい先日までは肉を見ても吐き気を催していたのに、今は匂いと音を聞くだけでお腹が鳴り食欲をそそる。
香草で巻いたお陰で獣臭さが消えて、嫌な想像を掻き立てることのない、いい香りに包まれた肉が食卓に出されると、最近まともに食べていなかった三人のお腹がなった。
「あの肉がこんなにもいい香りに……、いかにも美味しそうですね」
「香草なら周りにいくらでもあるからの、動物の肉は独特の匂いがあるものが多いし、それに合う香草で臭いを消すと美味くなるぞ」
ボルドが席に着いて前を向くと、三人の視線は卓の中央に集まっていた。
「料理なんて出来ない私達にはご馳走に見えますね」
「……それ、料理が出来ない私に対する当てつけなのかしら……?」
じろりとマルティアーゼがトムを睨むと、
「はははっ、まさかそんなこと言ってませんよ、さぁ早く食べましょう」
「お前さん達の肉だ、一杯食っとくれよ」
ボルドが切り分け三人に配り始めると、次々におかわりの催促の声が掛けられ、あっと言う間に肉は骨だけに変わっていった。




