103 儚き伝達者
「この人は……」
頭を垂れたままの形で息を引き取った人物が干からびて座っていた。
「此処に関係する王族か血縁者でしょうか……」
この彼、彼女かどうかは見分けられなかったが、何故こんな場所で、入り口を重い石で塞いで隠れるように一人で住んでいたのか、服装の乱れや体に傷や血痕も見られない所を見ると衰弱死のようであった。
「彼は王族でも血縁者でもないようね……」
マルティアーゼは机の上に置いてあった書物の内容を見てそう言った。
「これは彼……、この男の人はここに仕えていた使用人かもしれないわ……、これに書いてあるわ」
マルティアーゼが汚れた書物を見せると、二人に読んで聞かせる。
「まだ外ではエスタル兵がウロウロしていて外に出ることが出来ないので、ここに記録を残しておこうと思う……、エスタルとの戦争に向かった王が帰ってこられない、王は最後まで戦うと仰られていたが、城にエスタル兵がやって来たということは決戦の地で王が負けたということなのか……、あんな森の小国に負けるなんて考えられないが、噂では魔導とかいう武器で次々と国を落としているみたいだ、強力な火を起こすそうで飛び道具かも知れない、それでもリム王国の軍隊が簡単に負けるとは信じがたい、王妃も国に残られたがエスタルの手から逃げることは出来たのだろうか状況が把握出来ない」
色褪せ所々字が霞み見えなくなっている部分もあったが、話の内容に支障をきたすようなものではなく読む事は出来た。
内容的にエスタルとの戦争があったときのことが書かれているようで、この男性は使用人、又は何かしらの王に近い者だというのが分かった。
「王子は国に残った僅かな兵に守られて、先に国から避難させたと王妃が云っておられたがそちらも心配だ、私は王妃に託された王家の品を守り抜き王子に渡すように云われ、準備をしている所にエスタル兵がやって来たので此処に隠れたが、国から出るに出られず此処で脱出の機会を窺っている、ああ……王や王妃はどうなってしまったんだ」
マルティアーゼが破らないように次の頁を慎重にめくった。
「この部屋で身を隠してもう十日だ、それなのにまだ外ではエスタル兵が騒がしくしているみたいだ、一応此処で過ごせるように食糧と水をたんまりと貯蔵しておいて良かった、この宝物庫は私が管理を任されていた場所で、この部屋の事は誰にも知らせていない秘密の場所だ、もう少しここで辛抱するとする、しかし何が外で行われているのか知りたい気持ちで一杯だ」
次の頁は飲み水を溢してしまったのか字がぼやけて読めず、仕方なく読める話まで飛ばした。
「もう一ヶ月だ、食糧はとうに尽き、夜に隙きを見てエスタルの食糧を盗んで来てそれで飢えを凌いでいる、外はまだエスタル兵が一杯で国民の大半はエスタルが来る前に逃げたのか殆ど人を見ることはない、それは良かったが町の有様は酷いものだった、まともに残ってる建物が一つも見当たらない、もう少し調べてみたかったが長居も出来ない、私が捕まれば王子に品を渡せなくなるからだ、なんとしても生き延びねばならない」
「やはりここが宝物庫で合ってましたね、この男は管理人ということですか、それにしてもエスタルとの戦いの時代の話は十分興味が湧きますね」
トムはマルティアーゼの話に夢中に聞き入って、想像を掻き立てられるほど胸躍る内容だった。
スーグリは昔のことなど何も知らなかったが、本に書かれているのが今起こっているかのようにどきどきして、早く続きを聞きたいとマルティアーゼに催促した。
「もうすぐ二ヶ月になるかもしれない、日にちの感覚がおかしくなり始めてきている、体の方もかなり肉が落ちてきている、一体エスタルはいつ迄此処に滞在しているのだろう、この間、少しばかり城に入ってみたが、壁画や飾ってあったものが何もかも奪われ荒らされていた、忌々しいエスタルめ、二百年と続いてきたリム王国を一瞬にして灰燼と化しやがって、この憎しみをどこにぶつければ良いのだ、一刻もはやく王子にあの杖を渡さねば……リム再興は王子に掛かっている」
「杖……とはもしかして王政の杖のことですかね」
それならば我々の探しているものはとんでもない代物ではないか、とトムは思った。
「……まだ続きがあるわ」
暗がりの部屋で耳に入ってくる話は次第に熱を帯び、側に渇いた死体があることなど忘れて、三人は彼の本に没頭していった。
「三ヶ月……なのかまだ数日なのかどうでも良くなった、私はこのまま此処で死ぬかもしれないと思い始めてきている、かなり体力が落ちてきて動くのも辛い、食事も何とか摂れては入るが命を永らえるぐらいの量しか食べていない、逃げ出す力などもうない、もし私が死ねばリム王国再興は終わるだろう、杖の場所は私しか知らないのだから……、だがもしリム国民が私を……この記録を見つけてくれたのなら頼みたい、王子に杖を……あれを渡して貰いたい」
そして次の頁には杖について書かれ……。
「もう……手元が震えて字がうまく書けない……、もう三日何も食べていない、取りに行く気力もなく……椅子に座ったままだ、腹も……意識も途切れ途切……だ、この前指を噛んでしまい痛みで意識が戻ったが……私の最後も近いと思う、その前に王政の杖に……書いておこふ……」
そこから続きは波打った曲線が伸びていた、おそらく意識が飛んだのか杖については次の頁に書かれていた。
「杖の……場所は……、王墓の裏の……植木の下、隠し扉がある……地下に……隠した、だ……ど……がある……」
字がぐちゃぐちゃになっていて読めなく、その先から頁の半分が食い破られていた、何故食い破られたのかというと、歯型の形に本が破れていたのだ。
「あまりの空腹に食べ物と見間違えてしまったのかもしれないわね、そこにも齧った跡があるわね」
マルティアーゼの指差した机の角も、齧られ削られた形跡があった。
「これほどまでにリム再興に命をかけるとは……、その王子とやらはどうなったのは今となっては分かりませんね」
「もう何百年も前の話よ、そんな話は聞かないし、途絶えたんじゃないかしら」
彼の記録はそれで終わっていた。
最後までリム王国の再興を夢見て死んでいった、ここまで国に忠誠を尽くす者が戦国時代にいたとは珍しいと言えた。
治安は乱れ、いつ住んでる国が無くなるかも知れなかった時代。
そんな不安定な情勢の中、人々は自分達が助かるためには情報を流し恩を売って身の保身を図っていた。
エスタル国が台頭してくるまでは各国には多くの間者が入り込み、人々を扇動し不安を与え、敵であろうと味方であろうと情報を流すのが当たり前で、間者ですら何処の国が生き残るのか分からないほど拮抗していた。
側近が間者であったという話も不思議ではなく、位が高い者ほど身の保身に走り裏切りが横行していた。
疑心暗鬼の中、各国の王は人々を引き止めるためには勝つしかなく、強さを誇示し安心を国民に与え続けなくてはならなかった。
そんな時代に忠誠を誓い続けた彼のような忠義の者は、稀と云わざるを得ないだろう。
リム王からそれだけ寵愛を受けていたのか、今となっては本人を前にしても聞くことは出来なかった。
リム王国の周りにあった小国は併合され強大な国家に育つと、多くの人々がリム王国が生き残ると考えていただろうが、小国のエスタルに負けたと聞かされた時の国民の動揺はどれほどだったのか。
リム崩壊後の国民の大多数が世界に蜘蛛の子を散らすように落ち延びていき、治める者がいなくなれば国土は一気に廃退への道を辿っていく、勝者によって荒らされる運命は何処の国でも同じだった。
しかし彼のような人物のお陰でリム王家の宝は守られ、今だに見つかっていなかったのだ。
それは彼の夢見た再興を願う呪いのお陰だったかもしれない。
それが数百年後の今、マルティアーゼ達によって解き放たれようとしていた。




