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銀の魔導   作者: 雪仲 響
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 気付くとマルティアーゼは岸に上がっていた。

 地面にへたり込んだお尻に、自分の重さと固い感触にじわじわと安堵が伝わってくる。

「はぁはぁ……危なかったです、お怪我はないですか?」

「……え……ええ」

 隣でトムが汗びっしょりになって、地面に腰を下ろしながら聞いてきた。

「うああん、マルさぁん」

 スーグリはマルティアーゼに抱きついて泣き叫んできた。

 一体どうやって自分が助かったのかさえ覚えておらず、傍から見ていた二人にはそれは偶然、奇跡のような出来事に見えたらしい。

 橋が崩れて馬と一緒に姿が消えたマルティアーゼが、突然、下から湧いて出たように現れた。

 手を伸ばしていたトムの腕にマルティアーゼの手が触れた瞬間、トムが反射的にがっしりと掴んで引き上げた。

 橋は跡形もなく消え去り、ラトール川は全ての物を飲み込んで平穏を取り戻していたが、マルティアーゼはまだ助かった事が信じられずに心臓が激しく脈打っていた。

「もう大丈夫よ、馬には可哀相なことをしてしまったわね」

「もう死んじゃったかと思いましたよ」

「ええ……私自身がそう思っていたんだもの、今此処にいることが不思議なぐらいよ」

 皆一様に黙り込んで、落ち着きが戻るまでその場で休憩をした。

「マールさん、無くした物は……」

 沈黙を破ったのはトムだった。

 荷物は馬もろとも川に流されてしまい、マルティアーゼは身一つだった。

「杖と秘薬、お金と身につけていた物は無事よ、でも食料と水、火起こしの道具なんかは全部無くなってしまったわ」

「火打ち石は私も持ってますから良いんですが、食料と水がかなり減ってしまったのは痛いですね……、しかし兎も角ご無事でよかったです」

「これじゃ帰れなくなったわね」

 切り立った崖を覗いてマルティアーゼが呟いた。

「他の道を探すしかありませんよ、しかし……」

 三人のいる場所から伸びる道は目の前で途切れ、そこから先は草木が生い茂る密林になっていて道だった跡すら見分けられなかった。

「森の中で迷うのが一番危険です、なるべく川沿いに歩いていくしかなさそうですね」

 といってもそんな道があるわけもなく、通れそうな木々の間を草むらをかき分けながら進入していった。

 マルティアーゼはスーグリの後ろに乗り込み、馬は一鳴きしたが仕方なさそうに重い足取りでトムの後を付いて行く。

 進度はかなり遅く、時折トムが立ち止まっては地図と太陽で方向を確かめながらの旅となってしまった。

 陽が沈むとその場で野宿と決め込み、無理のない旅をする。

 食料もかなり減ったので、干し肉二枚をチビチビと齧りながらの食事となった。

 スーグリも今の状況に危機感を覚えていたのか、不満も漏らさず食べ終えると、直ぐに外套に身を包んで横になり、焚き火に当たりながら静かにしていた。

「早く遺跡に出たいものですね……このまま町に戻るにしても先に進むしかないですから、なるべく早くに遺跡に着いて帰らないことには森の中で餓死してしまいます」

「そうね……遺跡に着いたとしてもどうやって帰るかだわ」

 リム王国とて小さな国でもなく、エスタルが快進撃を続ける前までは強国の一角を成していたのだ。

 国の広さだけでは今のエスタルより断然に大きく人口も倍以上はあった。

 その場所でお目当ての宝を探すにも時間が必要で、今の食料からでは到底それだけの時間を作る余裕もなかった。

「少なくとも現状助かるにはリムへ行かないことにはどうにもなりませんが……」

「……そうね」

(何だろう、先が見えない厳しい状況なのにとても落ち着いていられる、あと数日すれば食べ物や水が無くなるというのに、危機感が感じられないわ……)

 以前にも荷物を失い森を彷徨った事や、砂漠で水を求めてひたすら歩いた経験と比べて、今のひっ迫した現状がそれほど苦しいとは思っていない自分自身に、成長の証を感じていた。

 ラトール川を遡り歩いていると、崖が途切れて眼下に水辺へとたどり着ける砂地を見つけて、その場所まで回り込んで降りると水だけは補充することが出来た。

「トム、此処で水浴びしては駄目かしら……汗で髪がベトベトしていて気持ち悪いのよ、少しでもさっぱりしたいわ」

 マルティアーゼが髪を触りながら水浴びをしたいと言い出してきて、

「え……っと、では私は向こうで待ってるとします、終わったら呼んで下さい、ええと、あっ……あと余り深い場所に行くと流されてしまいますので気をつけて下さい」

「分かったわ」

 トムがそろそろと森の奥に消えていくのを見届けると、スーグリと二人、服を脱いで水浴びを始めた。

 汗と埃でざらついた肌を冷たい水で洗い流す。

 体を浸し水の流れに身を任せると、銀髪の髪がきらきらと水に流され広がっていく。

 随分長い間切っていなかった髪もいつの間にか腰まで伸びていて、マルティアーゼの身を抱きしめるように体にまとわりつく。

「マルさんの髪は綺麗……」

 うっとりするように見ていたスーグリは、太陽に輝く銀色の髪に感嘆の声を漏らした。

「貴方の髪も綺麗じゃない」

「でも短いし癖っ毛ですよ……私も伸ばしたら真っ直ぐになるかな」

 肩までしかない栗毛の髪を撫でながらスーグリは答えた。

「まだ成長途中でしょ、これからよ」

「…………む」

 スーグリは自分の胸とマルティアーゼとを見比べると、顔を赤らめた。

「何か分かんないけど無性に腹が立ってきました……、どうして一個しか歳が違わないのにマルさんの胸はこんなに大きいの!」

 スーグリがマルティアーゼに飛びついて胸を揉みだした。

「止めなさい、私だってそんなに大きくはないわよ」

「にゃあ、どういう意味です、それじゃあ私がぺったんこって言いたいんですか」

 きゃきゃうふふっと川辺で騒ぐ声は、遠くにいたトムにも聞こえていた。

「はぁ……友達が出来て楽しくされるのは良いが、もう少し周りに気を使ってもらいたいものだ……」

 水浴びを終えて呼びに来たマルティアーゼと交代で、トムも久しぶりに汗を流してさっぱりした気分を取り戻した。

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