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銀の魔導   作者: 雪仲 響
10/983

10 出奔

「トム、三日後の夜、そうねぇ……あの鉱山の前で待っていて頂戴」

「はい?」

「いいから、言った通りそこで待っていてね」

「ですが、城外に出ることは……」

「大丈夫よ、私に任せておきなさい問題無いわ、いい? 深刻の時間に待っていてよ」

 とても活き活きとした表情で話すマルティアーゼに、トムは言葉を返す暇も無く部屋から追い出されてしまった。

 侍女も部屋に居れず、三日間自室で支度に取り掛かっていたマルティアーゼは、夜が更け寝床に入る振りをしてサロンに休むように伝えた。

 一度寝床に入って静まりかえったのを確認すると、革の靴にスカート、布のシャツに革のチュニックを着て市井の格好になると、机の上に書き留めていた一通の手紙を置いて手荷物を持つとソロリとベランダに出て行った。

 マルティアーゼの部屋は三階にあり、カーテンをつなぎ合わせて二階まで降り、更にそこから二階のベランダにカーテンを繋いで裏庭に降りていった。

 城内の壁伝いに進んでいくと植え込みの茂みに隠れていた穴から外に出て行く。

 木の板で隠してあったマルティアーゼの秘密の出入り口で、ローザン大公に怒られたときも頑なに隠し通した抜け穴だった。

 そこからお城の外壁に出ても城壁の周りにも木々が植えられているので、穴は外から見つけにくくなっている。

 城の外と言っても城から出ただけでまだ敷地内である、そこからもう一つの城壁を越えて城外に行かなければならなかった。

 そろそろと闇夜の中を進んで外に出る唯一の城門へは向かわずに、ある城壁の石の一部を押した。

 マルティアーゼでも軽々と押し出された城壁の場所にはぽっかりと通路が見え、子供一人が入れそうな小さな穴に躊躇無く体を滑り込ませていく。

 外に出てきたマルティアーゼの姿は黒く小さい影になり、警備兵がいないか確認しばがら、そのまま街の方へと走り出していった。

「あとはトムの所に行くだけね、前通った道は覚えてるわ」

 街中に入れば起きている人家やお店の明かりで通りも見やすく、スタスタと南へと駆け抜けていく事が出来た。

 一見すれば小さな子供がこんな夜更けにひとりで通りを走り回っているなんて、親はなにをしてるんだと疑われてしまうだろう。

 南の地区は物騒な輩がいる事は誰もが知っていたし、現にマルティアーゼは一度怖い思いをしたばかりなのだ。

 それは本人がよく分かっているのでマルティアーゼは通りの曲がり角や道に、人がいないことを確認しながら街を出て行こうと走り回っていた。

「たしかこの道にを抜ければ街の外に行けるわね」

 家がまばらになり始め、しんとした薄暗く道の舗装もされていない場所を抜けると、一気に視界が広がった郊外が見えた。

 あとはそこから南にある坑道まで急いで暗闇の中を走って行く。

「トム!」

 進む先に松明を持ったトムの顔を見つけると声を掛けた。

「姫様、やはり抜け出してこられたのですね、また大公様に叱られますよ」

「もういいのよ、あら貴方荷物は?」

「荷物……と言いますと?」

 トムは軽装で荷物一つ持っておらずここに来ていた。

「今からこの国を出るわ、直ぐに荷物を持ってきて」

「ええ! そ、それはなりません、そのような事が見つかれば大事件どころではなくなりますよ、今すぐお城にお帰り下さい」

 トムは驚きあたふたし出す。

「もう置き手紙もしてきたし帰るつもりはないわ、貴方は私に剣を捧げたのでしょう、私を守って付いてきて、でないと一人で出て行くわよ」

 トムの説得も聞かずにマルティアーゼは一人南の方に歩いて行こうとする。

「お、お待ちを……直ぐ、直ぐに荷物を持って参りますのでお待ち下さい」

「誰にも話しちゃ駄目よ、もし貴方が誰かと一緒に戻って来たら、それこそ一人で出て行くわよ」

 マルティアーゼは振り返ってトムに釘を刺した。

「わ、分かりました、誰にも申しませんので、ここでお待ち下さい」

「いいわ」

 腕を組んだマルティアーゼを見て、トムは急いで家に走って行く。

 トムが戻ってくるときに他の者を連れてこないかどうかを確認するために、近くの茂みに身を隠して様子を窺った。

 トムは手荷物を馬に乗せて一人で戻って来た。

「姫様、姫様何処におられますか?」

 トムの後ろから誰も付いてこないのを見届けると、茂みから出てきて返事をして手を振る。

「誰にも言ってないわよね」

「はい、誰とも会っておりません」

「じゃあ良いわ、行きましょう」

「え、えっと何処へ?」

 マルティアーゼは目を丸くして考える。

 何処と言われても目的などないし、国から出たことも他の国のことも何も知らなかったので、何処かと言われてから少しの間考え込んだ。

「そうね……取りあえず南に向かいましょう」

「はぁ、南ですか……」

 マルティアーゼを馬に乗せて荷物を馬に括り付けると、トムは手綱を引っ張り南に続く暗い道を歩いて行った。




 夜通し歩いて道は西に折れていたが、マルティアーゼは西ではなくそのまま南に行こうと道を外れて草原に分け入っていく。

「このまま道に沿って進んで朝になった時、私が城から居なくなったのを知れば探しに来た兵士に捕まっちゃうわ、だから道のない場所を進むのよ」

「姫様、もうここまで来たので自分はもう覚悟して姫様にお供致しますが、大公様や公妃様にはどのようにお伝えしてこられたのですか、それをお伺いしても宜しいでしょうか」

「何も言ってないわよ、手紙を置いてきただけよ、そんなことお話ししたらもう二度と城からも……いいえ庭に出ることさえも叶わぬ願いになってしまうわよ」

 さも当たり前のようにマルティアーゼが言った。

「そ、それではもし私とこのように国を出たことが分かれば、私が姫様を掠ったことになるのでは……」

 トムは立ちくらみを覚えるような感覚を受けていた。

「大丈夫よ、そのようなことにならないようにはするわよ、まぁ私は帰る気もないし捕まる気もないけれどね」

「はぁ……」

「それにトム、貴方の剣の誓いって言うのはただ私に言葉で伝えることだけの誓いだったの?」

「いえ……滅相も御座いません、私の本心であり嘘偽り無い心から姫様に剣を捧げたので御座います」

「なら、もうその話は止めましょう、貴方は私の剣、私の行く所に付いてきて」

「……はい」

 トムは事態の重大さに対して納得はいかなくとも剣を捧げたのは本心であったので、これからの自分の役割についてはマルティアーゼを守っていかねばならぬと自分に言い聞かせていた。

 暗い草むらの中をひたすら南に向かって歩いて行く。

 トムの持つ松明の明かりが足元を照らしつつ枯れ草をかき分けていった。

 どれぐらい進んだのか、草むらが膝まで伸びてきている場所に来た時に、トムがマルティアーゼに声を掛けた。

「姫様もう足元も危なくなって参りました、今日はこの辺りで休んだ方が宜しいかと」

「そうねぇ……、どこか座れそうな場所で休みましょう」

 とはいえ辺りは草で覆われていて、座れそうな場所を見つけるまでそれから少し経ってからだった。

 トムは松明の火でたき火を作り、大木に寄りかかったマルティアーゼに水を渡した。

「姫様お疲れではないのですか?」

「いいえ、何だかわくわくしていてとても眠れそうにないわ、こんな夜更けにこのような場所に座ってるなんてとても幻想的で素敵だわ」

 マルティアーゼは周囲の木々を見上げて、今自分が誰も知らないような場所で男性と二人、静かな夜を過ごしているなんて事が夢の様に感じながら言った。

「姫様、何故国を出ようなどとお考えになったのですか?」

「トムは王宮の暮らしをどう思う? 楽しくて明るい優雅な生活を想像してるかしら、実際はそのような生活なんてしたことがないわ、毎日お稽古やお勉強、話をするのは年取った先生や侍女ぐらいなもの、お父様やお母様とは食事は一緒だけど会話なんてお勉強はどうですか、お稽古は上手くなりましたか、何てことぐらいしか話さないし、お姉様は知っての通りあの性格だし、そんな王宮暮らしに嫌になっていたのよ、それにね侍女のフランが居たときはまだ良かったのよ、フランはいつも私の話相手、友達のような優しい姉のようないつも親身になって一緒にいてくれたわ、それなのに私のせいで亡くなってしまった……、唯一私と一緒にいてくれた人が居なくなってしまって、王宮にはもう私は一人ぼっちだったのよ、そこに私に剣を捧げてくれた貴方さえも、お姉様のせいで私の元から離れてしまうのが耐えられなかったの、もうあの場所に居たくなかった……あれ以上あそこにいれば私はきっと死んでいたかも知れないと思ったのよ」

 一気に胸の内をはき出すかのようにマルティアーゼは話した。

 今までの鬱憤、誰にも話せない想いをトムに吐き出した。

「それにね、昔からいつも空や森を眺めていて思っていたの、あの空の向こうには何があるのだろう、この森の先には何があるのだろうって……いつも夢見て眺めていたわ、だから城を抜けだして街を見て歩いたりもしていたの、そうでもしないと自分が自分でなくなる感じがしたのよ」

 ゴクリと一口水を飲んでため息をついた。

 その話にどう思ったかトムは、

「私には王族の方の思いなど何も分かりません、想像すら出来ないことです、私は貧しい村で生まれ出来ることなど剣を振るうことぐらいで、兵士になったのもそれしか出来なかったからです、姫様のような王族の人と直接会ったのもあの夜が初めてで、それから姫様のおかげで出世は致しましたが、自分もまるで夢を見ているのでは無いかと思うほど目まぐるしく変わっていく地位に戸惑ってもいました、ディアンドル様から役職を剥奪されたときも、これで元の鞘に戻るんだなと感じていたぐらいで少しほっとしたぐらいだったのですよ……」

 トムの胸中はとにかく穏やかで、一時の夢を味わわせて貰ったぐらいにしか感じていなさそうで、うっすらと笑みがこぼれていた。

「御免なさいね、私は貴方が有能な兵士だと思ったからしただけなのに、逆に嫌な思いをさせてしまったわ」

「そのようなお言葉、例え一時であろうとあの様な身分にさせて頂いただけでも光栄で御座います」

「ねぇトム、これからはそのような言葉遣いは止めて貰えないかしら、これから旅をしていく道中にそのような言葉遣いだったら怪しまれるわ、私もこれからはもう少し言葉を柔らかくしていくわ」

「……は、でも姫様は姫様で……」

「それが駄目なのよ、そうねぇ名前も変えないといけないわね、マール……、ロンド・マールで良いわ、私のことはマールって呼んで」

「マール様……ですか」

「様はいらないわよ、マールでいいの」

「いや、しかし……」

 マルティアーゼがふくれっ面でトムを見つめた。

「……はぁ、分かりました、ではマールさんで」

「ふふっ、何だかこれからの旅が面白くなってきたわ、私は王族でもなくただの一旅人のマールよ」

「しかし旅に出るといっても私の資金ではそれほど遠くまでは行けませんが……、せいぜいアルステルぐらいまでしか……」

「大丈夫よ、これを持ってきたわ」

 マルティアーゼが荷袋から金袋を取り出してトムの前に置いた。

 トムが袋の口を開けると中にはまばゆいばかりの大粒の金がぎっしり詰まっていて、それを見た途端トムが腰を抜かしそうになった。

 たき火の明かりに照らされた金粒が輝いてトムの顔に反射していた。

「こ、これは……こんな大金みたことがありません、姫様これは……?」

 ついさっきの決めた事すら忘れてトムは、姫様とマルティアーゼに聞いてきた。

「別に盗んだわけでもないわよ、それは私のお金、使わずというか使う事すら出来なかった小さい頃から貯めていたお金よ」

「それにしてもこれほどのお金は……」

「私にはそれで何処まで行けるか分からないし、価値も分からないから貴方が持っていてくれれば良いわ」

「それは……私はこれほどのお金を持ち歩くなんて出来ません」

 トムが袋をマルティアーゼに返した。

「だって町でお金を使うにしても私には分からないもの、貴方が使ってくれた方がいいでしょう」

「ですがこれだけのお金など怖くて持ち歩けません」

「じゃあ半分貴方が持っていて、それならどちらかが無くしたりしても半分は助かるわ、使うのは貴方のお金の方で支払ってくれれば良いわよ」

 マルティアーゼがトムの持っている金袋を受け取り、そこに自分のお金を適当に半分程入れた。

「これぐらいかしら、これで当分生活出来るわよね」

「当分どころか、何年も生活出来ますよ」

 トムは自分の金袋を持ち上げずっしりと重みを感じていた。

「それよりここから南に行けば何処の国になるのかしら?」

「まだローザン大公国の領土なので町や村は点在していますが、ローザン大公国を出れば南には国は存在しませんね」

「何処までが大公国の領土なのかしら?」

「さぁ、私も南の方には行ったことが御座いませんので何とも言えません」

「貴方でも行ったことがない場所があるのね」

「それは勿論です、私など一度サスタークに行ったことがあるぐらいで、それ以外はずっと首都で過ごしていましたので」

「なら私と一緒ね、これから沢山色んな場所を見て歩けるわね」

「姫様、旅というのは姫様が思っているほど楽しいものでも御座いません、強盗や盗賊などもいますし、人を騙す様な輩もおりますので何分にもご注意してくださいませ」

「トム、姫様は駄目って言ったばかりでしょう、それに言葉使いももっと友達とお話するような感じで」

 眉をひそめてトムを怒る。

「申し……わ、分かりました」

「もう寝ましょう、……なんだか眠くなってきたわ」

「どうぞ、私はもう少し火の番をしておきます」

「そう……早く寝てね」

 これほど夜更けまで起きていたことが無いマルティアーゼは、気持ちでは起きていたかったが体の方は眠りに入りたがっていた。

 外套に包まり目を閉じると直ぐに微かな寝息が漏れ出してきた。

 トムは火を見つめながら国やマルティアーゼの事のことを考えていて、時折火に小枝をくべながら物思いに耽り夜を過ごしていた。


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