廻りの国と冬の女王
火のついた暖炉の前でシワだらけの老婆が、揺り椅子を揺らしながら編み物をしていた。
「おばあちゃん、おはなしして」
娘の帰りを待つ孫の声が、聞こえてくる。
老婆は少し考えると、一つの有名な物語を語り出した。
それは昔から……今へと続く物語。
「………めぐる めぐる 季節は廻る
春夏秋冬 季節は廻る
めぐる めぐる 命は廻る
土は命に 命は土に
めぐる めぐる 大地は廻る
大地は生まれ 大地は消える
めぐる めぐる……
あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。
季節の女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。
そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れました。
春は柔らかな日差しに冬の終わりを感じ……草木が色づき、花が咲き乱れる。色鮮やかな始まりの季節に
夏は強い日差しの下、動物達がところ狭しと駆け回る。躍動感あふれる季節に
秋はもの寂しくなりつつある日差しに備え、多くの木の実や食物が実る。迫り来る冬に備える為の大切な……祝福の季節に
冬は太陽の恵みは消え、寒さに凍えじっと固まる。春の訪れを堪え忍ぶ季節に……
季節の女王様は順番通り、決まった日にち通りに、何年経っても何十年、何百、何千年という時が経ってもその塔に通い続けました。
女王様も、女王様の子供、孫、そのまた子供…………と数えきれないほどの世代を越えて、季節の女王様の仕事をはたしていたのです。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。
春の廻りが来ても……夏の廻りが来ても、冬の女王様がずっと塔に入ったままなのです。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまうでしょう。
困った王様はお触れを出しました。
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冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。
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そのお触れは国中に伝わると、様々な噂話を作り出しました。
「冬の女王様は扉が凍って出られないんだって」
「冬の女王様は春の女王様と喧嘩をしたらしいぞ」
「先代の冬の女王様もいなくなったらしいよ……母子二人で何か悪巧みをしているって話だよ」
「冬の女王様は他の女王と違ってしわくちゃの婆さんになるから、その仕返しさ」
「冬の女王はこの国を滅ぼすつもりだとよ」
そして、そのお触れを知った様々な自信家たちが、冬の女王様がいる塔へと旅立ちました。
口の上手い商人、力の強い大男、有名な学者、勇敢な騎士、空を飛べる魔法使い……
幾十、幾百の人々が塔を訪れ、そして帰ってくると決まってこのように言いました。
「私はこの国を出る。理由を知りたいなら塔へ行けばいい」
その間にも雪は降り続け、ついに食べ物が底をつく人も現れました。
困った人々は文句を言いながら、次々と国から出ていきます。
「冬なんか無くなりゃいいのに……」
王様は困りました。
国一番の知恵者である大臣も、塔から帰ってくると国から出ていったのです。
王様のご先祖様の日記も読みあさりましたが、3000年続くこの国でもこんなことは初めてでした。
王様はこのままでは国が亡びると考え……悩み……
ついに王様自身が兵を連れて、冬の女王がいる塔へと向かうことにしたのでした。
「いざとなれば、冬をなくすことも……」
王様と兵士達は雪が降り積もる道をかきわけ、やっと冬の女王がいる塔へと着きました。
王様が塔の中に入って螺旋階段を上り、最上階の扉を開けると、中には……
柔らかな物腰の春の女王様
明るい雰囲気の夏の女王様
包容力を感じる秋の女王様
そして、やせ衰えた冬の女王が、石でできた祭壇の上に立っていたのです。
驚いた王様が扉を開けたまま止まっていると、春の女王様が王様を部屋の中に案内しました。
驚いたままの王様を椅子に座らせると、三人の女王様が王様に話を始めます。
それは、長い……本当に長い冬がやって来たお話でした。
冬の女王様がいつものように塔で暮らしていると、一匹の亀がやって来ました。
その亀は大地を司る精霊様で、この大地が明日沈むことを伝えに来たのです。
冬の女王は大変驚き、そして大地の精霊様に聞きました。
「このままでは多くの人々が死んでしまいます。どうにかならないのでしょうか?」
大地の精霊様は答えます。
「大地が生まれた時から、大地が沈むことは決まっている。自然の廻りは変えられない」
冬の女王は聞きました。
「私が大地を氷で支えます。ですから、大地を沈ませるのは待っていただけませんか?」
大地の精霊様は答えました。
「……もし、氷が大地を支えられるなら、それも自然の廻りである。ただし、この塔の外でこの話をしたとき、それは自然の廻りから外れるであろう」
それから、冬の女王様は一人で大地を支えました。
春の女王がやって来て、生命力溢れる草木の力で大地を支えようとしましたが、土から生まれた力では巨大な大地は支えられません。
夏の女王がやって来て、命溢れる動物達の力を借りて大地を支えようとしましたが、限りある力では重い大地は支えられません。
秋の女王がやって来て、実り溢れる木の実や落ち葉を土台に大地を支えようとしましたが、深い海に沈むその力では沈む大地を支えられませんでした。
冬の力だけが……
水を凍らし、蓄えて、春、夏、秋に生命の水を与える冬の力だけが、この巨大で……重く……沈む大地を支えられるのです。
でも、そろそろ冬の女王様の力も限界でした……
冬の女王様の体はまるで枯れた木の様です。
冬の女王様の肌は雪の様に白く、冷たく……吐く息は凍りそうな水色で……
だけど……だけど王様にはその姿が美しく、幻想的に見え……頬に涙が流れ落ちました。
流れる涙が冷たい床に落ち、王様は国を出ることを兵士達に伝えます。
王様が扉を開けて部屋から出ようとしたとき、一人の老婆が入ってきました。
その老婆は冬の女王様に近付き、冬の女王様の手と頬を温めるようにしわしわの手を置いて、優しくしわがれた声を出しました。
「よく勤めを果たしましたね……あとは母に任せてお前は行きなさい」
冬の女王様は目を見開くと、ゆっくり首を振ります。
それを見た老婆は、ゆっくりと優しい声で答えました。
「大地の精霊様には話をしておきましたよ。安心しなさい。……こんなに冷たく……こんなに痩せて……母の方が大地を長く支えられます。みんなの為にも……ゆっくりおやすみ」
老婆は頬と手に置いていた手を離すと、自分の首から氷のように透明な首飾りを外して娘の首に優しくかけました。
「……お、お母…………」
冬の女王様の目から涙が流れて、頬で凍りました。
老婆はシワだらけの、だけどとっても優しい笑顔で冬の女王様を抱きしめ、強引にその祭壇の中央に立ちます。
「私が大地を支えられるのも、月が三度廻るまでです。それまでにこの大地から出ていきなさい。娘のこと……頼みましたよ」
背筋を伸ばして力強い言葉を伝える老婆に、王と三人の女王は片膝をつき、頭を下げると老婆から離れようとしない冬の女王様を連れて、塔から……この大地から出ていく準備を始めました。
シワだらけの老婆は祭壇の中央で氷の像となり、みんなを見守ります。
その姿は、気高く、美しく、巨木のような安心感を王達に与えていました。
冬の女王様の頬からは、雫がいくつも流れ落ちました……
それから月が三度廻るころ……長い……本当に長い冬が終わりを迎えたのです……
人々は沈みゆく大地の外からそれを眺め、祈りの言葉を捧げました。
その中には、首に氷のように透明な首飾りを着けた冬の女王と三人の女王様、王様の五人が並んで祈っています。
その日、冬の女王様から、母へ贈る感謝の言葉と流れ出る涙が止まることはありませんでした。
次の日の夕方……大地から雪は無くなり、氷がとけて、王様の国が……大地がその塔と一緒に沈んだのです……
めぐる めぐる 季節は廻る
春夏秋冬 季節は廻る
めぐる めぐる 大地は廻る
大地は生まれ 大地は消える
めぐる めぐる 命は廻る
親から子へと 子から孫へと
めぐる めぐる 想いは廻る
親から子へと 過去から未来へ
めぐる めぐる すべては廻る
廻る命を 燃やして 廻れ! 」
…………………
「おばあちゃん、おしまい?」
孫が膝の上でこちらを向きながら聞いてくる。
「いいや、このお話はずっと続いてるんだよ……今もずっとね」
お祖母ちゃんの胸で、氷のように透明な首飾りがカランとなった。




