プロローグ
「どうしてこうなったんだ……はぁ」
深いため息を吐く彼は冷えている石畳の上に横たわる二人の友人を一瞥するとそのまま鉄格子がされている小さな窓から輝かしい光を送ってくる金色の満月へと視線を移す。
彼は考える。
今自分が置かれている現状について。
まずは自分と二人の友人がいるこの場所。
ここは罪を犯した者が入れられる場所つまりは牢屋なのだが、彼の知っている牢屋のようにコンクリートで出来ておらず、入り口を除いては壁も床も天井もすべて石でできている。入り口はもちろん鉄格子。
そんな場所になぜ放り込まれることになったのかというと横たわり未だ目を覚ます様子のない二人にほとんどの要因があったりする。
なんだか考えるのもめんどくさくなった彼は自分の世界とは違う月を眺めながら数時間前までのありふれた日常の光景を思い出す。
先ほども言ったように彼と横たわる二人合わせた三人はもともとは今いる世界の住人ではない。
彼らはほんの数時間前までは本当にどこにでもいるようなただの高校生だった。いや訂正しようただの、ではなくオタクな高校生だった。
楽しく自分たちの好きなものの言い合いをしたりしていた日常。
そんな日常が今では遠いものに感じられた。
突然の異世界召喚、それは彼らの日常を奪うには十分なものだった。
別に彼らはありふれた日常に不満を持っていたわけでもなく、異世界にあこがれてはいたが異世界召喚を心の底から望んでいたわけでもなく、異世界召喚されるような特別な才能や能力を持っているわけでもないのになぜかこの世界に必要とされそして異世界召喚されてしまった。
そんな彼らだが、月を眺める彼が異世界召喚されて最初に思ったことは家族は大丈夫なのだろうかということだった。
この世界とともに元の世界の時間も進んでいるとしたら時間が経てば自分は行方不明状態になって弟妹が警察沙汰にするのではないかという心配。
彼はオタクだがそれよりも家族のためなら死ねると断言するほど家族を大事にしており、なによりも小学生である弟妹が変な目に合わないかという心配が浮かんだ。
彼がこうも家族を大事に思うのは過去のとある出来事があったためである。
とにもかくにも家族を大事に思う彼は元の世界との連絡手段がない以上は心の中で家族の無事を願いながら、絶望にぶち当たった。
これはオタクとしての彼の本能だったともいえる。
もし元の世界の時間が進んでいるとしたらその分毎日観ていたアニメたちをリアルタイムで観れなくなってしまったという絶望。それだけではない。この世界に一年間とどまっていたとしてその間に観れなかったアニメがどれほど溜まるのか。
自分の気に入った作品しか観ない彼でも1クールに最低でも10本観るのだがそれが一年間だとして計算すると約12(話)×24(分)×10(本)×4(クール)=11520(分)つまりは192時間まる8日つぶさないといけないということなのだ。
アニメを見るだけならまだ何とかなったかもしれないが気に入った作品の中で最も気に入った作品の原作ラノベやマンガをすべて買って読んだりするとなれば、もう計算したくないほどの時間がかかってしまうことがわかるのは明白だろう。
そんな絶望をした彼は何があっても早く元の世界に変えることを心の中で硬く誓っていた。
そして彼は――紫嶋和也は少し冷える牢屋の中で月を眺めながら思い出す。
異世界召喚されてからここに入れられる羽目になった経緯を。