『宝箱』
「ああ。君は何の為にこの店に買い物に来たんだい?」
女の人は、とても嬉しそうに笑った。
僕はいつの間に、こんな場所に迷い込んだのだろうと思った。
奇妙な店だった。
気付けば、こんな店に着いていた。
迷って、此処に辿り着いたのだろうか。
何やら、得体の知れない者達が、店の中を物色している。
頭が山羊の骸骨になっている男、影だけの存在の人物、そもそも頭と両脚が無くて、何故か浮遊しながら動いている者、三つの鳥の頭を持った者。様々だ。
みな、恐ろしい姿をしていたけれども、何処か和やかで、みな友達のようにも思えた。
そう言えば、外から見ると、此処は、小さな店だったような気がする。
けれども、中は随分と広い。
建物自体の面積があっていないかのようだ。
「此処に迷い込んだのかな? どうやら、君は忘れものをしてしまったみたいだね。なら、私から品物を買うといい。きっと、君の答えが見つかると思うんだよ」
彼女は唇を三日月型に歪めて、含み笑いをしていた。
「君に相応しいのは、これだと思うんだ。どうだろう?」
それは『鍵』だった。
何の鍵なのかは分からない。
僕は財布を取り出す。そして、彼女が提示した金額をカウンターに置く。
彼女はその金額を満足そうに眺めていた。
「君も私と同じように、収集家の匂いがするんだ。きっと役に立つ」
僕は、鍵を受け取り、大切にすると言った。
それからというもの、僕はあらゆる人達に鍵穴がある事に気付いた。
街を歩いていると、背中だったり、腰だったり、鍵穴を発見する事が出来るのだ。どうやら、鍵穴は鍵を握り締めている時だけ見えるみたいだった。
これが何なのかよく分からないけど、それでも、僕自身にとって、とても大切なものが入っているのが分かった。
僕はある若い女の人を見ていて、鍵穴を刺し込んでみた。
彼女の頭の首の後ろに、鍵穴が見つかった。
鍵を回す。
すると、ぽろり、と、女の人の頭が地面に落ちた。どうやら、彼女は宝箱だったみたいだ。中から、黄金色の棒が出てきた。僕はそれをもぎ取る。光っていた。とても美しかった。そして、僕は次々と鍵穴を開けていこうと思った。
中年のサラリーマンの背中からは、上品なデザインのバスケットが見つかった。サッカーをしていた男の子の額の下に、宝石が二つ見つかった。学校に行く途中の制服の少女は両手に鍵穴があって、お星様が出てきた。
僕は宝集めをした。
色々な処に、宝箱はあった。中には色々なものが入っていた。
それからして。
僕は『黒い森の魔女』と書かれた店に戻った。
そして、鍵によって宝箱を開けた事を、店の主である女の人に自慢した。
「そうなのか。沢山、手に入れたんだな。それは君の“部品”じゃないかな? きっと君に足りないものだよ。君はファッション・リーダーにも見える。だから、君は君自身になるように集めてこればいいよ。もっと沢山、集めればいい。ああ、でも、集め過ぎはどうだろうな。まあいいか、私は派手な服は嫌いではないしな」
女の人は笑っていた。
彼女は、僕の今の姿を見て、とても喜んでいるみたいだった。
僕は世界中を旅して、沢山の宝箱を開けてきた。たまに僕に気付いて動いて逃げる宝箱や、僕に何かをしてくる宝箱もいたけれど、気にせず、鍵を開けていった。そして、僕は沢山の装飾品と服を身体に身に付けた。とってもオシャレな気分になった。
たまに、黒い森の魔女に、宝箱のありかを聞きに訪れる。
彼女はいつも笑顔で、僕の姿が日に日に、素晴らしく、美しくなっているのだと告げるのだった。
了