夢←わりとよく見るタイプの
※ちょっと気持ち悪いかな? という描写が入ったりしますので、苦手な人はご注意を~
『よぉこそぉ~ 悪夢の世界へ~』
今日は平和だったなぁ。
なんて布団の中で呟きつつ、穏やかな気分で目を瞑るやいなや。
色彩がグルリと反転した奇妙な世界へとお招きされてしまった私です。どうも。
素直に考えて、目の前に立っている全身黒で統一されたゴスロリファッションに身を包む美少女が原因なのでしょう(そして根本的な原因はモハの野郎だと確信しております)。
『ああ、はい、おじゃましてます。それで、どういったご用件でしょうか?』
『……んぁあん?』
用があるならさっさと済ませろやーという内心が漏れてしまったのでしょうか。
ゴスロリ美少女から不満げな奇声が発せられました。
カクリと人形めいた動きで首が真横に倒され、そのせいで異様に長いツインテールの片方が地面にぺたりとついてしまっています。
こう長いと、トイレに入った際にうっかり……なんてことにならないかと、余計な事を考えてしまいますね。
『なんかぁ期待した反応とちがうぅ~……まぁいいけどぉ~。と・り・あ・え・ず~ぅ、 とおっておきの悪夢を用意してきてあげたからぁ~、せいせい恐怖に溺れるが良いよぉ~』
期待を裏切ってしまったようで申し訳ない。
と謝る間もなく、楽しげに笑い声をあげた少女の口が、耳元ちかくまで大きく裂けていきます。
広げた両手がドロリと溶けて地面に落ち、そこからじわりじわりと黒いスライムのようなものが此方へと迫ってきました。
『あ、わざわざご用意いただいたんですか、それはどうもご丁寧に』
期待されている反応はこれじゃないんだろうなーとは自覚しつつ、かといって期待にこたえる義理もなかったので、ごくごく普通の社交辞令を返したところ。
やはり気に入らなかったのでしょう。
ゴスロリ美少女はピタリと笑うのをやめ、真顔を此方に向けてきました。
『……ねぇさっきからさぁ馬鹿にしてるぅ?』
『いえ、そのようなつもりは』
ただ、心底面倒くさいと思っているだけです。
そんな心の声を察したのでしょうか、ゴスロリ美少女の目がドロリと怒りに濁り、空間がぐにゃりぐにゃりと歪んでいきます。
『言っとくけどぉ~助けなんて来ないんだからねぇ? アンタこれからずぅ~っと、悪夢の中を彷徨い続けることになるんだからねぇ? わかってる~ぅ?』
『そうですか。頑張ります』
『……むっかつくな~ぁ。そのスカしたツラぁグチャグチャにしてやるよぉお! 壊れちゃえばあああぁかぁあああ!』
彼女の絶叫とともに今まで立っていた空間は崩壊し、ドロドロに溶け、闇そのものと化した彼女に飲み込まれた私は……
次々と襲い来る数多の悪夢たちを、ただただ無の境地でスルーしつづけたのでした。
『アンタ恐怖心ないのぉ!? これだけ悪夢の中にいて何で平気なんだよぉ!?』
がしがしと体中に齧りついているゾンビの群れをそのままに、巨大イモ虫の胴体に埋め込まれた人面の数をぼんやりと数えていたことろ、痺れをきらしたらしいゴスロリ美少女がにょきりと地面から生えてきました。
『いえ、怖いですよ? ただ、夢だと分かっていますし……幼馴染みがアレなもので、こういう状況には慣れてるんですよ』
『はぁあああ!? 慣れでどうこうなるもんじゃないとおもうんだけどなぁあ!?』
『精神攻撃系は心さえ強くもっていれば大丈夫なので、私にも対処しやすいんですよね』
『どんだけ強固な心持ってんだよぉ!? 普通ならとっくに精神崩壊してるはずなんだからねぇ!?』
『心ぐらい強固じゃなければ、生きてこれなかったんですよ』
『あっ、何かごめん』
『いえ』
『『……』』
どうやら何かを察していただけたようですが、良かったのか悪かったのか……何だか気まずい沈黙がおりてしまいました。
勢いを失ったゴスロリ美少女は、居心地悪そうに足元の花(ただし花弁は人間の指で出来ている)を踏んでいます。
『あぁ~……もういいやぁ~。何か、もう、疲れたぁ~』
踏まれるたびに花から発せられる細い悲鳴を聞き流していると、不意に彼女の口から諦めの言葉がこぼれ落ちました。
それと同時に周りの『悪夢』がほろほろと崩れ落ちながら消えていきます。
思っていたよりも簡単に引いてくれるようで、助かりました。良い人ですね貴女。
『そうですか、お疲れ様です。ではお気をつけてお帰り下さい』
『るっさいよぉ~ばか~ばか~』
心をこめて笑顔でお見送りしたのですが、お気に召さなかったようですね。
消えて行く彼女は、涙目でした。
私の精神力は530000です。なんてね!