もてる←結果だけ見れば
今まで歩いていた人通りの少ない小道から大通りに出る直前でモハに消えてもらい(本当に忽然と消えた事に関しては一切考てはいけません。もう少し非常識な部分を隠せと言いたいです。言っても無駄でしょうけど)一人学校に向かっていたのですが。
「閂先輩っ」
そう後ろから呼びかけられると同時に、きゅっと左腕を拘束――いえ『彼』にそんなつもりは無い……恐らく無いと思われ……無いと良いなという希望から言い直します。――きゅっと左手に抱きつかれました。
振り向けば、最近妙に遭遇率の高くなった後輩くんが、にっこぉっと人懐っこい笑顔を浮かべています。
「おはよーございますっ」
後輩くん――相沢透衣くんは、その可愛い系の顔立ちと、一部の女子からエンジェルスマイルと称される無邪気な笑顔で、主に年上のお姉様方から可愛がられているアイドル的存在です。
「あっ、先輩の手あったかーい」
私の左手を両手で包み込みつつ、上目遣いに此方を見つめる彼から
『可愛いでしょ? ねぇ可愛いでしょ僕って! ときめいちゃって良いんだよ? 角度も表情もばっちりだもん、もう惚れちゃうしかないよねっ! ほらほら~』
という副音声が聞こえて来るのは私の心が歪んでいるからでしょうか。
顔面の整っている方々に関して、どうしても穿った見方をしてしまうんですよね。
「私の手で暖をとらなくたって、相沢くんの手も十分あったかいじゃないですか」
軽く微笑みながら、不自然じゃないギリギリの速さと力加減で手を抜き取りました。
これ、なかなか難しいんですよね。弱過ぎると抜けないし、強過ぎると相手の気分を害してトラブルになったりするし、この絶妙な加減をマスターするまでは色々と苦労しましたよ……。
そんな感じで相沢くんからの過度なスキンシップをさらりするりと受け流しながら歩く事数分。
やっと学校が見えて来ました……が、何やら様子がおかしいですね。
「あれ? 何か人だかりできてますね。抜き打ち制服チェックとかだったら嫌だなぁ~……」
可愛らしくアレンジされている自分の制服をつまみ、困ったように眉を寄せた相沢くんの言葉通り、校門前には謎の人だかりができています。
その時点で嫌な予感がしましたが、今から裏門まで回るのは時間がかかりすぎるので諦めて足を進めました。
近づくと、素朴な町並みに似合わぬ黒塗りの高級車が校門の前に止まっているのが見え、嫌な予感がほぼ確定した事を悟ります。
ちらりと確認した車種とナンバーに見覚えはありませんでしたが、こういう車を選ぶ人種が一般人である可能性は極めて低いです。そして私の前に現れる特殊な人種は須らくモハに関係していると言って良いでしょう。関係していないとしたら、近いうちに関係する事になるはずです。断言できます。
さて。
素早く車から降りてきた運転手さんが、恭しく、けれど豪快に後ろのドアを開け放ちました。
そして、王者の風格をこれでもかと漂わせながら姿を見せたのは
『オイ頭が高いぞ跪け庶民どもが。見て分かるだろうが俺様は金持ちな上に権力者なんだかんな。さっさと傅いて俺様を称えやがれ』
とでも言いそうな雰囲気の、怜悧な顔立ちの男子高校生でした。
彼がモハと同じ学校の制服を着用している時点で、次の行動は予想出来ます。
ほぼ間違いなく私に話しかけてくるのでしょう。この大勢の観客たちの前で、です。ああ、睨まれる理由がまた一つ増えるんですね。もはや溜息すら出ませんよ。
「おい。そこの……お前が閂 笑子か」
俺様系男子(推測)は外見に見合った尊大な口調でそう言うと、カツカツと威圧するような靴音を響かせて近づいて来ました。
予想通りですね。忌々しい事に。
「ふん……まあ良い。来い」
俺様系男子(確信)は鋭い瞳で私を検分するように一瞥したかと思うと、すっと此方に手を伸ばしてきました。
何が『まあ良い』なのかとか、何処に連れて行く気なんだとか、私に何の用があるのかとか、そもそもお前誰だよとか、このてのタイプには聞くだけ無駄だと知っているので何も言いません。どうせこのまま説明も無く、此方の都合など丸無視で連行されるのでしょう。
そう早々と諦めモードになった私の前に、さっと相沢くんが飛び出して来ました。
おいやめろ拗れるだろ。と思わず口走りそうになりましたが、寸前で堪えました。危なかったです。
「何なんですかー! 勝手に先輩を連れてかないでくださいっ!」
「あ? 何だこの子犬は」
「何ですか子犬って!」
両者の間に一触即発的な空気が流れています。お互いに気をとられているこの隙に逃げて良いでしょうか。
こう人目があっては無理、ですかね……
「エ・ミ・ちゃ~ん! おっはよ。約束通り会いに来たよ~」
悩んでいると、そんな言葉とともにガバっと後ろから抱きつかれました。
がっちり密着されているので振り向けませんが、この声と言動からして、先週あたりに街なかで声を掛けてきた
『俺って女の子大好きなんだ~。ちょっと甘い事言っとけば何でもしてくれるんだもん。ちょろくて最高だよね~。え? 俺になびかない女の子なんて居るの? あはは何それ面白い冗談~』
とか思ってそうな、甘いけれど軽薄な顔立ちのナンパ野郎ですね。
確か、麻生美仁と名乗っていたような記憶があるようなないような。
そういえば、約束した覚えはありませんが『会いに行くね~』とか一方的に言われた記憶があるようなないような。
「あっれ~? ミカン先輩? 何でこんなとこに居るんすか?」
「こっちの台詞だ。何故ここに……そうか。お前もか」
「“も”って何すか~? 俺は愛しのエミちゃんに会いに来ただけっすよ~」
「ちょっとー! 僕の先輩に抱きつかないで下さいっ! はーなーれーてー!」
「お、わ、意外と力あるね~子犬くん」
「子犬って言うなー!」
相沢くんの活躍で自由になったものの、すぐに「ミカン先輩」とか顔に似合わず可愛いらしい呼ばれ方をしている彼にぐぃっと腕を捕まれました。
「俺の名前は奥蓮寺定雅だ。覚えておけ」
あぁはい特徴的なお名前ですね。
先祖代々柑橘系に関わるお仕事に就いていたりしますか? なんて、言ったら殺されそうなので黙っておきます。
「行くぞ節操無し。どういうつもりか聞かせてもらおうか」
「わっ、ちょ、何すか痛い痛い痛い引っ張らないで~~!」
俺様系男子(確定)こと奥蓮寺さんは、ナンパ野郎こと麻生くんの頭を鷲摑みにして引きずりながら去って行きました。どうやら今日は無事に登校できるようです。
「何だったんですかね、あの人たち……。安心して下さいね! もしまた変な奴らが現れても、閂先輩は僕が守りますから! ねっ?」
にこっと笑みを浮かべてそう宣言する相沢くんに、ありがた迷惑ですなんて言ったら殺されるでしょうね……この時点ですでにごっつい殺気を放ってきている女子たちに。
ひそひそと『何であんなのが……』と憎しみ交じりの囁きが耳に届きます。そうですよね、納得できませんよね。わかります。
何故私みたいな突出して可愛いわけでも特別な魅力があるわけでもないような奴が、イケメンと呼ばれる部類の方々に構われるのかと。当然の疑問です。
では、この謎の現象のメカニズムを説明しましょうか。
自分に自信があり、なおかつそれに見合った実力と、恵まれた容姿をもった……総合評価Aクラスの男子たちがいたとします。いえ、私などが他人様をランク付けするなどおこがましい限りなのですが、話を分かりやすくするためですのでお許しくださいませ。
しかし世の中には彼らよりも恵まれた容姿を持ち、本当に人間ですかと問いたくなるような全てにおいて完璧な超人……総合評価SSクラスの人間がいたりします。ようするにモハです。
彼らは何をしてもモハには勝てないと悟り、しかし負けを認めるのはプライドが許しません。どうにか隙を探すため彼の事を調べます。すると、彼には幼馴染がいて、恋人関係ではないものの彼にとって特別な位置に居るようだという情報が手に入ります。不本意ながら、まあ、事実といえないこともありません。
そこで彼らは考えます。この幼馴染を自分に惚れさせて彼から奪ったら、自分の方が魅力的だという事になるのではないか、彼に勝ったことになるのではないか、彼を悔しがらせる事ができるのではないか、と。
そんな思惑を胸に、幼馴染……ようするに私に、次々とちょっかいをかけに来るわけですね。
ここでポイントなのは、Aクラスの彼らはSSクラスのモハより劣っているだけで、全体から見たら上位も上位のスペシャルな人たちだというところです。
彼らがモハより優位に立ちたいと思うのと同じように、彼らより上位に立ちたいと常々目論んでいる総合評価Bクラスの人々がいるわけです。そんなBクラスの彼らが、Aクラスの方々に言い寄られている私の姿を見たらどう思うか。
彼らと同じような思考回路で、同じような結論に至り、同じような行動をとるわけですね。
さらにさらに、理由を知らない人から見れば、私はモテモテなわけです。
そんなにモテるって事はさぞ良い女なんだろうと勘違いしちゃった人とか、モテモテな私を横からかっさらったら面白そうとかいう少々質の悪い人とか、なんやかんやと加わっていった結果「何この逆ハーレム!」という状態に陥ることになってしまうわけですよ。
まぁ、モハがそれとなーく処理してくれてるみたいなので、今は大分マシになってるんですけどね……
感謝はしません。何故ならそもそもモハのせいだからです。
傍から見たら羨ましい状態なのかもしれませんが、私としてはただ面倒なだけなんですよ。
だからそう睨まないで……って言っても無駄なんだろうな。うん知ってる。