最後の最後は結局
「ミコ姉ー!」
「……モカ、ちゃん?」
部屋でごろごろしながら漫画を読んでいるところに突如乱入してきたのは、モハの妹でシア君の姉である冠城萌夏――モカちゃんでした。
モカちゃんが中学生になってからは、あまり顔を見ていませんでしたが、これまた美人さんになりましたねぇ。もともと美少女ではありましたが、さらに磨きがかかっています。眼福。
「ミコ姉っ! きてっ! はやくはやくはやくっ……灯春兄さんが……!」
モハ? モハなら放っておいても大丈夫だと思いますが……取り乱している様子のモカちゃんを前に、そんなこと言える雰囲気ではないですね。
私は黙って頷き、こちらに伸ばされたモカちゃんの手を取りました。
直後、モカちゃんの足元から、ぱぁっと光の花が咲き……ぱちんと弾けて消えた時には、私達は全く別の場所に立っていました。
花弁が弾けるように散っていく様に見とれる間もなく、モカちゃんにぐいぐいと手を引かれて歩きます。
ざっと見渡したところ、何処かの城の中といった雰囲気ですね。大規模な戦闘があった後のようで、いたる所に破壊の跡が見てとれます。
「「モエカ!」」
大きく開けた場所に出たところで、数人の武装した少年たちが笑顔でモカちゃんを出迎え、モカちゃんと手を繋いでいる私に気付くと、あからさまに落胆した顔になりました。
あ、はい。とても見慣れた反応をありがとうございます。何か落ちつきます。
「本当にコレがそうなのか?」
「失礼ですが、この方にトモハル様が救えるとは……」
「……っ、何よそれ! 何にも知らないくせに! 灯春兄さんにとってミコ姉がどれだけ特別で、大切か……! ミコ姉じゃなきゃ、ミコ姉じゃなきゃ……駄目なのっ」
いえ、仕方ないと思いますよ? モハの幼馴染みというだけでハードル爆上げ状態だったと思われるところに来たのがコレですし。
周りの反応よりも、モカちゃんからの謎の信頼感に困惑しております。何だかとても居たたまれない気分です。
泣きだしてしまったモカちゃんを抱きしめ、背中と頭をポンポンしながら、おろおろしている少年たちに目を向けました。
「それで、私は何をすれば良いんですか」
状況説明はよ、です。
少年たちは、はっとした様子で目配せしあうと、意を決した様子で一人の少年が口を開きました。
「トモハル様を、目覚めさせて頂きたいのです」
「私たちじゃ、ダメだった。でも、ミコ姉なら……お願い、灯春兄さんを、助けて……!」
腕の中から、縋る様にモカちゃんが見上げてきます。
何だかとてもクライマックス感が漂っているのですが、ココの位置に立っているのは本当に私で良いのでしょうか。
もっと、こう、ヒーローらしい人が……ああ、一番ヒーローらしいポジションの人が不在なせいですね、これは。
「とりあえず、やってみるよ」
モハがどういう状況なのかは分かりませんし、役に立てるかも分かりませんけどね。
もう少し詳しい状況説明を受けつつ案内された部屋は、最終決戦が行われた場所らしく、ほぼ崩壊している状態でした。
壊れた天井から差し込む光が、瓦礫の上で眠るモハをスポットライトのように照らしています。
一見ただ普通に眠っているだけのように見えますが、戦いから数日経っても目を覚まさない上に、見えない壁に阻まれて誰も近づけないのだとか。
モカちゃんたちは部屋に入ってすぐのところで足を止め、悔しそうに手を握りしめています。
モカちゃんからの真直ぐな信頼の眼差しと、少年たちからの疑い半分期待半分の眼差しを背に、私は部屋に足を踏み入れ……
そのまま特に何にも阻まれる事なく、あっさりとモハの所まで辿りついてしまいました。
「言ったでしょ。ミコ姉は、特別なの」
背後から、ざわつく少年たちの声と、どこか誇らしげなモカちゃんの声が聞こえてきます。
何とも言えない気持ちになりつつ、そちらの事はあまり気にしないようにして、モハの寝顔を覗き込みました。
近くで見ても、普通に寝ているようにしか見えません。
少し考え、私はその滑らかな頬に手を添えてみました。
触れた瞬間、指先がほんのりと暖かくなり、何となくモハとの結びつきのようなものを感じるようになったので、多分これで正解だったのでしょう。
ぼんやりとですが、モハの気配のようなものを掴んだような気がしたので、私はソレを思い切り引っ張りました。
それに合わせて、物理的にも頬の肉を引っ張ったのはもちろんわざとです。
「起きろ、馬鹿モハ」
「そういうんじゃ、ないんだよなー。俺が期待したのは、そういうんじゃなくてさ、もっとこう……」
結構あっさりと目を開けたモハが、唇を尖らせて此方を見上げてきました。
何を期待したと言うのでしょうか。
「るっさい。また無理やり巻き込みやがってこの馬鹿。嫌がらせか?」
「違うんだって、今回は本気でやばかったんだって。ミコじゃなきゃ駄目だったんだ、本当に……だから、来てくれて助かった」
そうやって、いつになくほっとしたような顔で微笑まれると……むず痒いというか……
はぁ。もう良いです。
引っ張っていた頬から手を離し、ちょっと迷いましたが、そのままその手をモハの前に差し出しました。
「いいから、さっさと帰らせろ」
「おう」
ぎゅっと掴まれた手は、起き上がった後も離される事はなく、振り払おうとしても離される事はなく、蹴っても踏んでも罵倒しても離される事はなく……
手を差し出してしまった事を、私は本当に、本当に、後悔したのでした。
「いいかげん離せ馬鹿モハ」
「ぜってー離さねー」