神様はお怒りのようです
壊れた石祠、転がる野球ボール、小学生くらいの少年三人組みと、それを威嚇するように立ちふさがっている、白い髪の和服青年。
買い物途中に何気なく立ち寄った川辺で見かけたその光景に、思わずため息をついてしまいました。
「貴様ら、よくもワシの寝床を壊してくれたな……」
「あ、な、何だよコイツ」
「ごめ、さな……っ」
「う、あ……」
怒りの籠った低い声に怯え、少年たちは後ずさろうとしますが、一歩後ろに足を動かしたところで不自然に動きを止めてしまいました。
恐怖と混乱の入り混じった表情の少年たちに、青年はニヤリと酷薄な笑みを浮かべながら一歩近づきます。
「逃がすと思うか? 壊したのは貴様らなのだ、貴様らが直すのが筋というものだろうよ?」
「それは、でも、わさとじゃねぇし……直すって、どうやってだよ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「僕たちじゃ、無理だと思います……」
近くで遊んでいた少年たちが間違って石祠を壊してしまい、中に眠っていた存在――その青年を怒らせてしてしまったという事なのでしょう。青年は金色の瞳で少年たちを一人づつ睨みつけながら、何処か楽しげに舌舐めずりをしています。
チラリと覗いた二股の舌を見るに、本来の姿は蛇ですかね。祠に祀られていたという事は、蛇神様というやつでしょうか。
「なぁに、貴様らはただ、その命を差し出せば良いだけだ。貴様らの命を糧として、自ら直すとするさ。それなら、間接的に貴様らが直したという事になろう?」
「命って、何だよそれ! 意味わかんねぇし!」
「ひ、う、あああああぁん」
「ちゃんと、します、から……すぐは無理、ですけど、ちゃんと直しますから!」
「黙れ。これは神罰だ」
泣き叫ぶ少年たちに、青年は容赦がありません。
さすがにこれを無視して横をすり抜けていくのは気が引けるので、止めに入っておくことにします。
「あの、それ直したら、その子達見逃して頂けますか?」
身を隠すでもなく足音をしのばせるでもなく普通に歩いていたので、私の存在には気付いていたのでしょう。
青年は特に驚いた様子もなく、少年たちに向けていた目をさっと此方に向けました。
「直す? 貴様が直す、と?」
「私がというか……」
何でも一瞬で直せる奴に心当たりがあるといいますか。
「こやつ等の代わりにその身を差し出すというのか? ほう……良いだろう」
「あ、違……」
違います、と訂正する間もなく、どこか楽しげな青年が此方に手を伸ばしてきました。
その手が私の頬に触れる……直前、伸びて来た別の手が私の頬を被いました。
「「……」」
手を伸ばしたまま、青年がきょとんとした顔を私の背後に向けています。
その反応を見るに、お知り合いのようですね。
いえ、人外さんぽいなと気づいた時点で、そんな予感はしていましたが。
「おいジジイ俺のミコに何しようとしでかしてくれてやがる」
「貴様の、巫女? コレがか?」
今、何かを誤解されたような気配がしましたが……気にしないでおきます。
それより何より自分の所有権をモハに譲った記憶は無いのですが。
イラッとしたので、強めに手を叩き落としておきました。
「分かったら離れろ。そして許可無く視界に入んな」
「貴様が人間に執着するとは意外だの。ワシには唯の小娘にしか見えぬが……ふむ」
「るっさい。近寄んな」
興味深げに私の顔を覗きこんできた青年の額を、ぐーっとモハの手が押し返しました。
「久しく見ぬうちに、ずいぶんと人間臭い顔をするようになったものよ」
「あーもう、寝床は直してやっからさっさと寝ろ。二度と起きんなクソジジイ」
ずいぶんと打ち解けている様子に、昔からの知り合いといった雰囲気を感じます。
どれくらい昔からなのかは絶対に確かめませんが。
じゃれあう二人からさりげなく離れ、おいてきぼり状態で困惑している少年たちの隣りに並びました。
困り切った顔で少年たちが此方を見上げてきたので、とりあえず頭を撫でておきます。
そうですよね、わけが分かりませんよね。でもね、少年たちよ……
分からないままの方が、幸せなんですよ。