水曜日
「みこさま!」
「?」
登校途中、呼びかけられて振り向けば。
いつの間にか私は見知らぬ場所に立ち、見知らぬ人々に囲まれていました。
瞬時に、ああ召喚されたんだなと理解できてしまう自分が切ないです。
私が立っているのは、丸い石版の上。
人々の纏う衣服は和装に近いですが、着こなしや装飾具等が独創的な感じですね……カテゴリーは和風ファンタジーでしょうか。
「天神の巫女様! ご降臨いただき、誠に有難く存知ます!」
ざっと一斉に片膝を付き、顔の前で両手を合わせる人々。
これは多分あれですね。
ここは日本語かそれに近い言語が使用されている場所で、先ほどの呼びかけはもちろん私の愛称などではなく、巫女……神聖な何かに使える者的な感じの意味で、うっかり反応してしまった事で自らを巫女だと肯定したと思われている、と推測いたしました。
はいはい面倒事ですね分かりました。
で?
「何を求めて、私を呼んだのですか?」
「は。こたびは、国王陛下のご逝去に伴い……」
はい。聞いているだけで肩の凝る、堅苦しく長々とした説明は省略します。
要約すると、王様がお亡くなりになったから後継者の中から新しい王様選んでくださいな、と。
んで、期限は一月。選んだらその証しとして、新しい王様になる人に『口づけ』してね、と。そういう事らしいです。
口づけする意味は分かりませんが、思いのほか簡単な条件で助かりました。んじゃ、さくっと済ませますか。
選ぶのに一月もいりませんよー。ささっと終わらせて帰りたいんで。
ん? 恥じらい? そんなもんは遥か昔に失踪しました。
口と口が接触するだけですからね。特別に思うところはありません。相手が自分に(または自分が相手に)何か特別な感情を持っているなら話は違ってきますが、単なる儀式ですし。
さて、えーと、はい、君に決めた。
無造作に近づき、目を見開いたその人の頬をはしっと両手で押さえ、軽く唇同士を触れさせます。
その瞬間、騒然となる周囲。
「馬鹿な!」
「な、なぜ、何故、ソイツなのですか!」
いえ、はじめに目が合った人を選んだだけですが。
推察眼なんぞ持ち合わせてませんので完全に適当ですが何か。
「あり得ない……こんな事、許されるはずがない!」
「この様な者が選ばれるなど、あってはならぬ!」
そんなふうに言うなら最初から候補に入れなければ良かったんですよ。
選んじゃ駄目なら一緒に並べとかないで欲しいのですが。そちらの事情なんて知らないんですから。
「やり直しを……そうだ、もう一度やり直して……」
「そもそも、本当に巫女なのか? 本物の巫女であれば、このような間違いなど……」
「おのれ、巫女を騙り、神聖な場を汚すとは……許せぬ!」
そう来ましたか。
まぁ実際、天神とやらの巫女になった覚えは無いので偽者と言われればそうかもしれないですね。自分から騙ったわけじゃないですけど、面倒だったので否定もしませんでしたし。
やれやれ……
「さっさと迎えに来い、馬鹿モハ」
そう言い終わるやいなや、眩い光が全てを染め上げ ――
「わりぃ、遅れた」
「んっ、ちょ、やめろ馬鹿モハ。痛いっての」
―― 気付けば私は見慣れた通学路へと戻ってきており、モハの袖でガシガシと口元を擦られていたのでした。
彼らのその後の事は知りませんが、まあ、モハが上手い具合に解決したんじゃないですかね。