第97話 烏合の衆にならないために
俺が工房の職人指導に四苦八苦していると、時折り、剣牙の兵団から副長のスイベリーが来るようになった。
どうも、俺が「妙なことを始めたから見てこい」と護衛をしているキリク経由で情報を受け取ったジルボアが命令したようだ。
スイベリーは工房の中を、物珍しそうに見まわしては「これはなんだ」「なんのためにあるのか」といちいち聞いてきた。
剣牙の兵団は事業の大株主だし、俺の安全を保障する大事な護衛でもあるから邪険にするつもりはなかったが、正直、職人達への指導の邪魔ではあった。
いろいろと質問はされたが、中でもスイベリーが関心を示した仕組みが二つあった。
出退勤管理と在庫管理である。
出退勤管理は、空手道場のように名前を書いた札が壁からかけられており、出勤すると裏返し、退勤するとき表に返すだけの仕組みである。
これには、何が気に入ったのが知らないが、しきりに頷いていた。
剣牙の兵団のように気心が知れた精鋭達を管理する仕組みではない、と俺が指摘しても、スイベリーは「別にいい」としか答えを返さない。
もう一つは在庫管理の仕組みである。
毎朝チェックして、生産に必要なパーツが一定以下になると発注をかける。
その目安となる数字が、パーツを入れておく各棚の保管場所に書いてあるというだけの仕組みなのだが、これもエラく気に入ったようだった。
剣牙の兵団は消耗品の消費が多く、消耗品の在庫管理は問題だろうから、関心を示す理由は理解できる。
ただ、最近は商人からの寄付も多く財源は豊かで、ある意味どんぶり勘定でもやっていけるハズだから、それも奇妙なことではあった。
その日は、職人の指導とスイベリーの質問への回答でクタクタになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後、いつものように注文の受け取りに剣牙の兵団の事務所に行くと、珍しくジルボアがいて「相談がある」という。
どうもスイベリーの工房訪問と報告に何か関係がありそうだったので、正面に座って話を聞く姿勢になる。
「剣牙の兵団を拡張する計画がある」
ジルボアは、そう言った。そう聞いても、俺は意外だとは思わなかった。
むしろ、遅いぐらいである。
この街でジルボアと剣牙の兵団の人気は相当なものだ。
冒険者ギルドに行くと「剣牙の兵団に紹介してくれ」と駆け出しから中堅まで様々な冒険者から頼まれるし、剣牙の兵団の事務所で、お手伝いをする街娘の数も、一向に減る気配はない。
事務所の中の備品も、新品に交換されたり、新しくなったものも多い。財政的にも寄付で相当に潤っているのだろうことが見て取れる。
だから、規模を拡大するのは当然だと思うのだが、それを俺に問う理由は何か。
「だが、今の体制で拡大することは無理だ。無理に拡大すれば烏合の衆になる」
ジルボアの懸念は、新しく入って来る連中の練度不足にあった。
剣牙の兵団は装備が優れ、訓練が厳しく、戦い方が洗練され過ぎたせいで新人が雑多な経験を積む機会が少ない。
負傷者を出すとクランの機能が低下するので無傷で勝つのは良いことなのだが、練度の不足は問題として残り続ける。
今の状態で団の練度を薄めて拡大すると、一番の売りである戦闘力が弱体化する。
加えて、クランを管理、補佐できる人員が少ない、という弱点もある。
何しろ、剣牙の兵団はジルボアの能力に依存している。ジルボア抜きでは組織が回らないし、ジルボアの管理能力を超えて組織を大きくすることができない、という弱点がある。
「ケンジには、何か知恵があるか」
というジルボアの相談に俺は答える。
以前から、この種の相談はいつかもちかけられると思っていたのだ。
「もちろん。大株主様の相談には、当然答えるさ」
明日も18:00、22:00に掲載予定です。




