第95話 次のステップ
「なるほど、靴ギルドの妨害が少なかったわけだ・・・」
クワン工房の貴族の出自を持つ営業であるアノールの話を思い出すと、いくつか思い当たる節がある。
守護の靴を売り出した直後、貴族を含め大勢の上流階級からの注文が殺到した。
当然、既得権を持つ様々な組織からの小さな嫌がらせは多かったのだが、素材を事前に確保しておくなど、一通りの対策はしてあったので影響は軽微にとどまった。
だが、本当の理由は、客層にあったようだ。
靴を注文してきた貴族層に、本当の上流はいないのだ。
靴ギルドでも権力を持ち貴族と強く結びついてるような連中は、守護の靴のような庶民の靴に関心が薄いのだろう。
なんというか、構えていただけに肩透かし感はある。3等街区に店を構えている靴屋の連中からは、雇用も含めて取引があるので反発はそれほどないし、2等街区の連中は剣牙の兵団との繋がりを見て、手出しを控えているようだ。
俺自身も「小団長」などと呼ばれて、常に剣牙の兵団の護衛が付いているのだから、間違いなく身内と思われていることだろう。
今の状況は、計画を立てて狙ったままではあるが、何となく居心地が悪い。
注文票の情報とアノールの話を合わせてわかったことは、他にもいくつかある。
貴族向けと思っていた靴の中には、貴族の護衛用や決闘用のものが含まれていたことだ。
これは、下級貴族や騎士だけでなく、上級貴族の中でも守護の靴の実用的価値に気がついたものが一定割合でいる、ということを示している。
それは、遅かれ早かれ、貴族領の私兵などに軍靴として採用される可能性がでてきたという意味でもある。
「軍用靴か・・・」
守護の靴は、軍用靴に向いている。歩き、戦う者のための靴だ。それに、一定品質で大量生産するのは俺が理想とし、また得意とするところでもある。駆け出し冒険者に軍用靴の放出品を価格を下げて回すことができるかもしれない。
メリットは大きいのだ。
しかし、危険性もある。事前の事業計画で、俺は守護の靴が軍事に採用された場合、機密指定のため製造の権利を取り上げられるのではないかと予想を立てていた。
同時に、冒険者に販売できなくなるのではないか、と怖れてもいた。
しかし、いざ靴の事業を開始し、貴族階級の中身について情報を収集すると、一様ではない貴族の実態も見えて来た。
アノールの話によれば、これだけ靴の評判が広まれば、余程の大貴族でない限り靴の製造権を奪うことは難しいらしい。
そもそも、俺にも、何かあれば別の街に逃げる準備もある。直接身を守るだけの護衛もいる。
その程度の情報は、少し金を使えばわかることだし、将来はともかく、現時点での靴事業の金銭的利益は、手を下すことが可能な大貴族にとって、政治的危険を犯すだけの価値はない。
取引先が下級貴族にまで広がったことは、俺にも情報を解釈する観点を与えてくれた。
要するに、抑止力の問題だ。会社を設立した時に株主同士で牽制する役割を持たせたのと同じ仕組みを、取引先についても開拓すればいい。
貴族の私兵は領地ごと、貴族家ごとに分散しているので、別々に売り込むのであれば却って製造権を独占される危険性を減らせるのかもしれない。
そうして安全を確保している間に会社と取引先を大きくし、大量生産のノウハウを積み重ねることで、駆け出し冒険者向けに守護の靴を安く出すことができるかもしれない。
軍用の靴の需要を開拓すること。貴族の私兵に売り込むこと。
それは、一流クランと貴族向けの靴需要が一段落した後に狙う次の市場として、中堅冒険者と並んでありなのかもしれない。
かもしれない。かもしれない。かもしれない、か。
夕食にサラが呼びに来るまで、俺は事務所の明りを点けることも忘れて考え込んでいた。
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