第92話 ここにはいない友人のために
こうして俺は、異世界で初めての株式会社を設立し、画期的な製品を開発して、お金持ちになって幸せになりました。めでたしめでたし・・・。
と、言いたいところだが、そうは問屋が卸さない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
暮らし向きが変わったのは間違いない。
確かに、「守護の靴」の販売を開始してから、俺の生活は完全に変わった。
明るく清潔な2等街区の宿屋を出て、薬品や様々な匂いがする革通りの薄汚いゴルゴゴの工房の奥に、ゴミや書類が散らばる一室を構えて、事務室兼住居としている。
究極の職住近接の理由は、工房の仕事が忙しいこともあったが、セキュリティーの問題が一番大きい。
移動しなければ狙われない。
革通りは街中でも隔離された地域にあり、用のない人間の出入りが制限されるため、安全なのだ。
俺は、サラだけは快適な2等街区の宿にいてもいいと言ったのだが、しれっと自然な顔をして俺についてきて一緒に住むことになった。
まあ、元々は冒険者で、生まれの農村では大部屋で親兄弟と雑魚寝をしていたそうだから、ある程度は耐性があるのかもしれない。
今は、ゴルゴゴの工房は、あまり稼働していない。イベントを機に集まった貴族や大商人、一流冒険者達から受けている注文はカスタマイズ要求の内容が高度過ぎて、俺が採用した半人前の職人達では歯が立たないからだ。
彼らは、俺の要求する水準の一通りの動きができるようになるまで、単純動作だけを叩き込んでいる最中だ。
そんな状況の中、俺は革通りの職人達から納められてくる靴の部品と検品、物流の手配を行っている。
主な業務の流れはこうだ。
今は、ほとんど全ての注文の情報は、剣牙の兵団に入って来る。
そのほとんどは、ジルボアを通じてである。
ジルボアには大商人や貴族の伝手が多いので、祝宴などで直接に顔を合わせて要請されたり、お付きの従者から印章つきの書状を渡されたりする。
その全てが、俺のところに来る。
正確には、俺が毎朝に革通りから剣牙の兵団の事務所に行き、注文の状況を確認している。
剣牙の兵団で、依頼を分類して外注と内製の判断をつけられる人間がいないのだから仕方ない。
俺は依頼内容を確認し、必要とされる技術や納期に合わせて、うちのゴルゴゴに任せることもあるし、以前に100足の先行量産を引き受けてくれたクワン工房に外注することもある。
情報を漏らしたのはクワン工房ではないのか、と疑っていた時期もあったが、彼らの技術に文句があるわけではない。貴族連中の趣味に合わせて、設計を一部弄るのも上手いし、妙なひらひら飾りや宝石をつける技術も高い。
ジルボアに何か言われているのか、あれから特にイヤな顔をすることもない。
だが、俺の一日はまだ終わらない。
そうして仕上がってきた製品を、俺が全て検品している。
まだ日産10足にもならない状況だから、可能なことではあるが、最後のクオリティを保つのは自分しかいない。
皮に傷がついていないか。靴紐が解れていないか。靴底をとめる膠がはみ出ていないか。革を縫い付けるステッチの間隔が開きすぎたり曲がったりしていないか。
職人の技術を信頼していないわけではないが、たかだか靴に要求する質の高さ、というものを心底に理解しているのが俺しかいないのだから仕方ない。
検品が終わると、包装である。
規格化された高級な箱に焼き印で意匠をつけ、箱の内側には赤い布と柔らかい藁で作った窪みに完成した靴をハメ込む。
各靴には完全にユニークなナンバリングをする。
手入れ用の高級油と柔らかい靴下もつける。
ときにはサラに「ここまでやるの?」と呆れられながらも。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目が回るような業務の合間を縫って、数日前、以前に配った予約票の行方を探るため、冒険者ギルドに名簿を照らし合わせ在籍を確認してもらった。
何人かは、冒険者をやめたり所在不明になっているかもしれないからだ。
最初に足型を取ってから、半年近くが経っている。全員が冒険者を続けているとは、俺も期待していなかった。
だが、調査結果を聞いて言葉を失った。
実に3割の冒険者が、死亡、もしくは所在不明となっていたのだ。所在不明なのは負傷して引退したか、農村に帰ったのだろうか。後者だと思いたかったが。
その結果を、たまたま同席したサラも目にして、絶句していた。
所在不明者の名簿には、以前に弓のことで話をしたキンバリーも含まれていたからだ。
俺はしばらく目を閉じ、不幸な友人のために祈った後、黙って仕事を再開した。
俺が毎日のように、大物と交渉し、油に塗れて職人とやり合い、深夜まで帳簿を眺める姿を傍で見ているうちに、サラは「駆け出し冒険者に大銅貨1枚で靴を売るのはやめたの?」とは言わなくなった。
駆け出し冒険者向けに、靴を売る。怪我人を減らす。不具者を減らす。その志は変えていない。
だが、そのためには金銭が要る。地縁が要る。権力がいる。
まずは、「守護の靴」を徹底的に高級ブランドとして売り込む。
そうして初期資金を稼ぐ。その金で工房を稼働させ、生産数を増やす。
市場が飽和するまで生産数を増やす。そうすれば自ずと価格が下がる筈だ。
ブランドとは、何をするかではない、何をしないかが重要なのだ。という言葉がある。
だから、普通は高級ブランドは生産数を絞る。市場に飢餓感を与えておくためだ。
それに、職人技で生産している製品は、大量に生産すると質が落ちる。
熟練した職人は簡単には育たない。だから、価格と質を保つための生産数制限は合理的な方法なのだ。
だが、俺は敢えて、それを破るつもりでいる。
熟練した職人の動作を分解した業務プロセスの徹底化で、質の良いブランド品を大量に市場に投入する。
そうしてある意味で、市場を破壊し、市場を大きくする。駆け出し冒険者に届く製品を作る。
その意図を隠し、今はただ、貴族や大商人に頭を下げて目の前の金を稼ぐ。
活動報告にも書きましたが、皆様の支持のおかげで拙作の投稿から1カ月、10万字を丁度超えることができました。ありがとうございます。
明日も18:00と、できれば22:00にも更新します。
 




