第88話 カリスマはない
俺とサラは、革通りにやってきていた。
「あれ?ここでいいの?」
「いいんだよ」
サラは、自分でいろいろ情報を収集していたくせに、重要なことはサッパリ憶えていないようだった。
革通りのオッサン達は、そんなサラにだから油断して、いろいろと内部情報を喋ってくれたようだったが。
「おう!嬢ちゃん、また来たのか!」
などと各所で声をかけられる程度には、サラは人気がある。
「・・・なんでえ、ケンジか」
「おう。約束通り、店ごと買いに来たぜ」
俺が声をかけたのは一カ月以上をかけて、靴の踵を一緒に作り上げた親父である。名をゴルゴゴという。
ゴルゴゴは40才を超える熟練の革職人で、革の工夫を得意としている。
原皮の工夫で、加工に悩むと、革通りの連中はまず、ゴルゴゴを頼ってくる。
ゴルゴゴも、工夫が好きで好きで堪らないので、相談を受けると寝食を忘れて工夫に努める。
結果として、難しい仕事は舞い込むけれども工房はちっとも儲からない。
以前は結婚していたこともあったが、嫁さんは愛想を尽かして出て行ってしまった。
赤字だらけの工房を抱える熟練の工夫好きな職人が、ゴルゴゴである。
俺はゴルゴゴを工房の親方としては全く評価できないが、開発者として高く評価している。
靴の踵を作る素材と工程は、ゴルゴゴが開発した靴の秘密の核心部品である。権利を守る体制が万全になるまでは、俺の会社で囲っておきたい。この親父にも身の危険があることを吹き込んで、店を丸ごと買い取ると言っていたのだ。
もちろん、書類上の転記は行わない。そんなことをしたら、文字が読めて金があり、知識にアクセスできる特権階級に、この場所で秘密の何かが起きていますよ、と大声で教えてまわるようなものだ。
この親父も字は読めない。だから、契約に必要なのは、一カ月をかけて一緒に仕事をしてきた信頼関係と、入る予定の金銭の魅力と、継続的な仕事の保証、危険から命を守るという約束、そして約束を破れば剣牙の兵団という暴力に訴えるという、文書以外の有形無形の利益と約束と暴力で縛る必要があるのだ。
そして、親父にも靴100足分の権利を保証した宝飾品を渡す。
「これはギルドの親方株のようなものだ」と言うと、ゴルゴゴも理解できたようだ。
どうしても金銭が必要な事情ができたら、俺か剣牙の兵団に相談するよう念を押す。
俺達を通さないと、靴の権利を買い叩かれる可能性が高いからだ。
ゴルゴゴには、靴製造の工房として建屋を提供してもらいつつ、俺達の会社の開発責任者として、靴の改良に努めてもらうのだ。
「ねえケンジ、おっちゃんに渡したアレ、ジルボアさんに渡したのと同じやつだよね。ずいぶん、気前良くない?」
サラが不思議そうに小声で訊ねる。
まあ、あのイケメンで大物のジルボアと、目の前の小汚いゴルゴゴの価値が同じに見えないのは仕方ないだろう。
靴100足分の権利は、剣牙の兵団に渡している権利と同じだけの価値がある。過大だろうか。
だが、俺はそうは思わない。俺の会社では、人がどれだけの身分であるか、どれだけの権力を持っているかで評価したくない。どれだけ、事業の価値向上に貢献したか、で評価したい。
事業の価値向上への貢献という意味では、ゴルゴゴの価値は、俺の中で剣牙の兵団と並んで遜色はないのだ。
ただ、ゴルゴゴのように金銭の取り扱いに慣れてないオッサンに大金を渡すと身を持ち崩すことがある。
だから、権利という形で渡して徐々に換金する形で分割して渡すことにする。
「なんか、ケンジってお母さんみたい」とは、サラの言葉だ。
自分でもわかってる。俺には、人を惹きつける先天的なカリスマってものがない。
だから、頭を使い、細かいところまで配慮することで、一緒にやってもらう人を増やすしかない。
それに、頭と配慮は、いくら使っても減るものじゃないのだから。
明日も18:00と22:00に更新できると思います。




