第82話 少しでも希望をあたえたい
「サラ、ちょっと相談に乗ってくれないか」
と持ち掛けると、サラは目を丸くして嬉しそうに、しかし表情を変えて急に口を尖らせた。
「朝食に白パンは、ゆずれないから!」
「パンの話じゃねえよ」
今、販売キャンペーンをうつにあたり、身近で駆け出し冒険者の感覚を持っているのがサラなので、相談しようと思ったのだ。
俺も中堅冒険者を5年ほどやっていたが、心底金に困る駆け出しの時期は短かったし、このあたりの出身者ではないので、肌感覚が鈍いのだ。
ミーティングを、3等街区にある冒険者ギルドで行うのにも意味がある。
お上品な2等街区の綺麗な宿屋や、装備のいい一流クランの剣牙の兵団事務所にいては、最底辺に近い駆け出し冒険者達の感覚を忘れがちになる。
奴らのボロッちい鎧、穴の開いたズボン、擦れたサンダル、いつも腹を空かせた目、そういった視覚情報を身近に感じて考えないと、上滑りした企画を出すことになる。
会議室で考えるな、街へ出て考えろ、というやつだ。
「それで、だ。駆け出し冒険者達の懐具合が改善してないなら、奴らは靴は買えなさそうだな。サラはどう思う?」
問われたサラは、かぶりを振る。
「ぜったいに無理」
まあ、ここまでは情報通りだ。
「このあたりで、籤はあるか?」
と、大勢が少額の券を購入して、残った人が総取りの・・・と概念を説明しつつ聞いてみる。
「あー!!あたしは行かないけど、お祭りでやる闘技とかで、勝つ方をあてるやつ?」
この街に闘技場はないが、祭りの際には催し物の中で、剣の達者なもの同士で、どちらが勝つか当てる賭博はある。俺は、八百長を疑っていたので近づいたことはなかったが。
騎士同士が行う馬上槍試合などというものもあるらしい。ただ、2等街区の市民以上でないと、そもそも入場できないので、それも見たことはない。
まあ、似たようなものはあるのかもしれない。人間は賭博が好きだ。特別な技術などが必要ない以上、射幸心を煽るタイプの籤はあるもの、と思った方がいいだろう。
「もし、銅貨1枚の籤で、あの靴が当たるとしたら、サラは買うか?」
これが、俺の企画の一つだ。少しずつでいいから、駆け出し冒険者に俺の靴を普及させてやりたいのだ。
低価格で売るのは、靴販売に権益を持つ剣牙の兵団と街間商人が許さない。
だが、籤のような形の広告企画であれば、説明はしやすい。
今はただ、日本の景品法のような規制がないことを祈りたい。
「えー?ほんとにくれるの?そんな美味しい話、ちょっと信用できなーい」
おっ。と俺は少し感心した。サラならば、いちもにもなく飛びつくと思ったのだが。
毎晩の数字の勉強は無駄ではなかったようだ。
「それに、ちょっと高いかなー」
とも言う。駆け出し冒険者にとって、銅貨1枚でも大金だ。それだけあれば、1日、節約すれば2日は過ごせる。それだけの金額を、当たるかどうかわからない籤には出さないかもしれない、という。
最近、俺は少し金回りが良くなって、金銭価格が鈍くなっていたようだ。
「籤には番号をつける。1人には3枚までしか売らない。30日に、1足は必ず当選者を出す。当選番号は、冒険者ギルドか、全員の見える場所で賽子を振って決める。サラなら、いくらなら買う?」
「うーん・・・それなら、賤貨2枚、ううん、1枚かなあ」
賤貨とは、銅貨の10分の1の価値を持つ貨幣だ。屋台の飯などは賤貨2枚か3枚のところが多い。
ふうむ。まあ、30日に1足なら、実は赤字でも構わない。広告効果は、それを補って余りあるだろう。
俺は駆け出し冒険者に希望を抱かせたいのであって、破産させたいわけではないから購入制限には気を付けた方がいいだろう。
転売の対策は、特にしない。得た靴を売り払って飯を食ってもいいし、いい装備に換えてもいい。そのあたりは自由だ。そもそも制限できるものでもない。金で手に入らなければ暴力で、となるのが冒険者の流儀だ。刃傷沙汰で血を見るぐらいなら、最初から金銭で片をつけた方がいい。
あとは、以前に靴の足型サイズ計測に協力してくれた連中が持っている予約票の扱いだ。
あれは転売される前に、籤と交換してしまうのがいいだろう。
籤を30枚も出せば、喜んで交換してくれる気がする。
気の利いた奴が上級冒険者に高額で売っているかもしれないが、そこまで目端の利く奴なら逆にこちらでスカウトしたい。何しろ、人手不足なのだ。
いずれにせよ、冒険者靴の当たり籤を賤貨1枚で販売し、30日に1足ずつ駆け出し冒険者向けに提供することを、俺は決定した。
活動報告にも書きましたが、あらすじ少し変えました。
改題までは、今のところ考えていません。
明日も18:00と22:00に更新できると思います。
追記:もし改題するとしたら・・・
「もし剣と魔法の世界に起業家が迷い込んだら~冒険者解雇から始まるコンサル・起業生活」 or
「下町人情起業家奮闘記-剣と魔法の世界は甘くない!」
と思ったけどやめた。




