第742話 人間の土地の果て
発売の中のコンプエース5月号にて異世界コンサルが4話一挙掲載(1~3+1話)されています
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数日後、教会に手配を依頼していた専門人材の1人がやってきた。
領地開発の相談会にも参加していた測量士のバンドルフィだ。
工房の事務所に案内し、ほつれと日焼けの目立つ旅装を壁にかけてもらう。
「かなりお忙しそうですね」
測量士は教会の依頼を受けて領地に赴き正確な畑の面積を算定することで喜捨という名の税の適正な徴収の基礎データを作る仕事である。
税を多く払いたい人間はいないので、たいていの土地では邪険にされる。
石を投げられるぐらいならまだマシで、誤って大規模な隠し畑など見つけてしまおうものなら農民達に追い回された挙げ句に命が危うくなることも珍しくない。
公平性と学識と体力、とりわけ走力が必要とされる仕事なのである。
「おかげさまで、守護の靴は重宝しておりますよ」
バンドルフィは日焼けした指で足下の靴をさした。
彼は測量士という仕事柄、わりと早い時期からのうちのお得意さまでもある。
乾いた泥がはねた跡が目立つが、よく働きの見える靴だ。
こうして役立つ形で使われている製品を見ると嬉しくなる。
「少し傷んでいますね。工房で手入れさせましょう」
「それはありがたい。しかしご迷惑ではないですか」
室内履きと引換に靴を受け取りつつ、工房の者に手入れを指示する。
「最近は守護の靴もだいぶ市中に出回るようになりまして、手入れの依頼も多いのです」
「なるほど。いい靴ですからね!」
量産というのはえらいもので、毎日のように大量の靴を冒険者達と聖職者達向けに卸していると、他の都市に供給している分はともかく都市内ではかなり充足するようになってきたらしい。
というのも、高位冒険者向けの新品需要が一巡したと見て、俺が密かに中位冒険者向けの中古靴市場を成立させようとしているからなのである。
未だに駆け出し冒険者に買えるような金額ではないし現に卸値も変えていないのだが、ジルボア達のような高位冒険者でなくとも手には取れるようになってきたようで冒険者ギルドでは、それらしい靴を履いている連中がいる、との報告も受けている。
工房の株主であり、製品である靴のお得意さまの剣牙の兵団を例にあげると、連中は稼ぎも大きいが装備も実に豪快に使い潰す。
人喰い鬼程度ならともかく、有翼獣や小竜を相手に戦うとなると、石のように硬い鱗や鋼のように密度の高い筋肉の巨体へ力量に任せて無理矢理に鉄の鏃や刃物を力尽くでねじ込んでいくわけだから、剣の刃は欠けるし刀身も曲がる、斧槍は柄が折れるし矛先も砕ける、弩は弦が伸びすぎて切れる、盾は攻撃を受けひしゃげて曲がるし割れたりも日常茶飯事。
まさに蛮用という言葉を現実にするとこうなる、という使い方なのである。
装備がそんな扱いなので、頑丈に作った守護の靴でも冒険を終えると怪物の爪痕がザックリとついていたり、緑の返り血が黒く固まっていたりと、たったの数回でお役御免となることも珍しくない。
普通の冒険者なら、高額な靴は修理に出す。が、剣牙の連中は気前よく次の靴を注文する。
スポンサー割引で格安で購入できるという特典もあるし、いかに守護の靴が靴として高価であろうとも鋼の剣や複雑な構造の弩と比較すれば非常に安価な備品でしかない。
それに統一的な見た目を維持することで兵団のブランドイメージを保ち依頼料を高額に保ちたい、という戦略の意味もあるだろう。
そこで傷んだ靴を引き取り、剣牙の兵団の紋章を削ってわからなくした上で職人の技術向上研修も兼ねて修理し有償で販売する、という事業を始めてみたわけだ。
あまりに修理品の数が市中で多くなると価格低下につながるので株主から文句がでるかもしれないが、今のところは剣牙の兵団への憧れが高まる方向で中古品の価格も安定していて値崩れの様相はない。
全ての冒険者の足下に守護の靴を届けたい身としては痛し痒しというところだ。
「最近は貴族様方の開発予定の領地を調査することが多いですね。ですから隠し畑を見つけることは減りました。ですが、新しく土地を開発するので今度はゴブリンやら魔狼やらにおいかけまわされることが増えました・・・」
「それは大変ですね」
貴族達は資金のみならず人材をも教会から借り出して領地開発に乗り出している、ということか。貴族の領地開発ブームは本物らしい。
怪物達を駆逐して土地を開くとなると冒険者の仕事も増えている、と見てもよい。
それはつまり冒険者の賃金が向上する社会的背景が整ってきている、ということもである。
測量士に茶をすすめつつ、俺は頬が緩むのを感じていた。
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