第741話 費用でなく投資
発売の中のコンプエース5月号にて異世界コンサルが4話一挙掲載(1~3+1話)されています
電子書籍もありますので外出禁止の週末によろしければ応援いただけると嬉しいです
道路は儲かる、との主張に全面的な賛同は得られなかった。
「そうでしょうか?教会では領地間や農地に道路を敷く費用は常に頭の痛い問題でしたが」
教会から派遣されている新人官吏には合点がいかないものらしい。
現場で実務管理の数字をまとめていた実感だろうか。
「しかも、計画しているのは下水管…と言ってよいのか、人が入って整備できるだけの下水道を埋設した石畳の道路、というこうとですよね。そこまでは2等街区でも整備していないと思いますが」
「太い管でないと掃除も難しいし、駆け出し連中がスライムを狩ってこれないじゃないか」
「ああ・・・そうなりますね。なるほど。しかし追加の費用はかかります」
「中に入って掃除できる方が長期的には安いだろう。スライムを狩るついでに掃除の仕事を発注してもいい」
清潔な環境を保つためには初期の設備投資と継続的な運用費用の捻出が必須である。
目先の金をケチると悪臭や雨天時の汚水の逆流、詰まりといった問題を引き起こし復旧にかえって費用がかかるものだ。
「それに、まだまだ金はかかるぞ?教会は道路と教会費用の計上しかしていないようだが、通りの家々を解体した後は再建するんだからな」
「それは・・・教会の仕事ではないのでは?」
「工房主の仕事でもないけどな。だけど、そこが儲かるんだ。雨が降っても下水の臭いがせず風が吹いても砂埃が立たない花とハーブの香りが漂う道沿いの新しい石造りの家。その家に金を出す人間は多いと思わないか」
「・・・どうでしょう?3等街区ですよ。2等街区にあればもちろん買い手は殺到するかもしれませんが」
「しかし、そこには教会がある」
教会、という言葉を出すとクラウディオは黙り込んだ。
「しかも3等街区随一の規模を誇り、中央から派遣された優秀な司祭が有り難い説教を毎週のように3等街区の住民にも聞かせてくださる教会だ。必ず評判になる」
「優秀な」という点を強調すると、教会から派遣された聖職者は少し複雑な表情を見せたが、直ぐに切り返してきた。
「靴の聖人様もいらっしゃいますしね」
「よしてくれ」
なるほど、これは精神にくる攻撃だ。羞恥心に特にきく。
「それなら靴も売れるわね!」
と、サラが嬉しそうに言う。
なるほど、なかなか目のつけどころがいい。
会社からも教会向けに礼拝グッズ的な安価な靴を納めてもいいかもしれない。
「と、いうようなことを考える人間は増えるだろう?教会に来る信徒を目当てに商売をしようという人間は必ずいる。そして金を稼ごうという人間は金を出すものさ」
そうやって道路だけでなく周囲の建物の価値を上げる。
それに、この教会にはもう一つの売り、というか強みがある。
それは「2等街区からも城門からも真っ直ぐ足を土で汚すことなく来れるようになっている」点だ。
その意味するところは、やりようによっては3等街区の人間とは桁違いに金を持っている2等街区の人間を礼拝に呼び込める可能性がある、ということだ。
金を持っている人間との導線が確保されている、とい言い換えても良い。
さらに、そうした金持ちを吸引するために教会側でも幾つかの優遇策が考えられる。
「たとえば説教を聞くには喜捨が必須の席と無料の席を分けてもいい。前の席、よりありがたい話を聞ける席を前に。無料の者は立って聞く。あるいは時間帯で分けてもいい。喜捨の料金が必須な時間帯と無料の時間帯に分けて、前者は喜捨の範囲内で何か有り難いモノをつけるとか」
要するにグッズだ。聖人を象ったり、聖人の言葉を乗せた護符であったり。
御朱印を集めて回るような楽しみというコレクション欲に火をつけるような付加価値をつけてもいい。
「教会には十分にありがたみを出せる要素がそろっているのだから、周辺の家屋も店舗もまとめて開発する。食事をとれる場所を作るのもいいし、屋台を精査して店舗を出させるのもいい」
若い聖職者は苦笑しつつ「やはり聖職者になりませんか?教会はあなたを歓迎するでしょう?」と勧誘してきた。
ニコロ司祭にあたりに死ぬほどこき使われる未来しか見えないのでお断りする。
「それにしても・・・かなりの費用がかかりますね・・・そして人材はどうしますか?」
道だけでなく道沿いの建物も造るとなると教会の費用は完全に足が出る。
ケチれば何とかなるかもしれないが、門から教会までが一様にきちんと整備されることで価値が何倍にも高まるのだ。妥協して良い点ではない。
「人材は領地開発で知り合った連中がいたろう?製粉所と桟橋建設の前に街の開発でも力を振るってもらうさ。領地開発の事前演習だ。費用はそちらにもつけさせてもらう」
駆け出し冒険者に領地開発で知り合った技能を持つ人材もいる。
幸いなことに商売柄か人手の確保に困ることはなさそうだ。
教会にも十分に見返りのある話なのだから、否やはないだろう。
ここで多めに費用を出しておけば、後で多くの権利を主張できる。
ニコロ司祭は、そうした権勢を伸ばす機会と利害の得失が計算できない人間ではない。
もっとも知らぬ間に俺には見えない計算をしすぎるのが欠点と言えば欠点だが。
「パン屋は絶対必要よ!それとパスタ屋も出店したいわね!」
とは、サラの提案。
そうだな。靴工房をやめたらパスタ屋の親父になるのも悪くない。
カクヨムで先行掲載しています。登録と☆評価いただけるとありがたいです




