第740話 正当な取り引きの値段
発売の中のコンプエース5月号にて異世界コンサルが4話一挙掲載(1~3+1話)されています
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「お金を払う・・・のですか?」
「そうだ」
確認の意味を込めてクラウディオの問いに強くうなずく。
「どういった理由で?」
「引っ越し、あるいは休業の補償だな」
「新しき教区の中心となる教会を建立しようというのです。反対する者はいないと思いますが・・・」
聖職者からは、確かにそう見えるかもしれない。
工房の職人達に知らせたときの反応や駆け出し未満の連中に仕事を任せた際の表情を思い起こしても聖職者の言うことが正しいのかもしれない。
俺達が「教会をつくるから」という理由で道に白線を引いて「直ちに退くように」言い渡せば教会の権威と剣牙の兵団の武力に逆らえる住人などいないのだから、それで片が付くのかもしれない。
住人達は不満をじっと飲みこんで黙って荷物をまとめ、自らのか細い伝手をつたい街のどこかへと散っていくだろう。
けれど、そんな真似をしたら隣に立つ赤毛の娘が俺を許してくれそうにないじゃないか。
「そうじゃない。反対の口封じに金を払うわけじゃないんだ。これは正当な取引だ。取引の代金として金銭を払うんだ」
「取り引き・・・ですか?こう言ってはなんですが、あの崩れかけの家屋に価値があるようには思えませんが」
そもそも道路を引くことになれば、そのほとんどが解体されることになる家屋である。石材の幾らかは再利用できるとしても、傷んで腐りかけた木材などは薪にでもするしかない。
それを金銭で購うとするとしても二束三文がいいところである。
「そうだな・・・教会では教会の建設にはどの程度の費用がかかると見積もっている?」
話題を変えた問いかけにも直ぐに答えられるのは、さすが教会から派遣されたエリート若手聖職者である。少し記憶をさぐるように宙に視線をやってから数値を出してきた。
「教会建設には金貨6000枚を見込んでいますが9000枚までは出すでしょう。道路については3000枚といったところでしょうか」
「ずいぶんと張り込んでいるな」
教会建設の費用が思っていたよりもかなり大きい。ニコロ司祭の力の入れようが伺える。
「いろいろな報償も含んでいますから」
たしかに「いろいろと」教会に便宜を図ってきた自覚はある。
「特に印刷業、ですか。あの取り扱いについては教会内でもかなり生臭い揉めごとがあったと聞きます」
まあ、あっただろうなあ。
隠れていた領地まで余波が飛んできて命が危うくなったぐらいだし。
あんな危ない事業は手放すのにこしたことはない。
「ですから教会としては、教会建設と道路の建設で費用についてうるさく言ってくることはないと思いますよ。よほどに私服を肥やせば別ですが」
「私服ねえ・・・肥やしてみたいもんだね」
ニコロ司祭の肝入りの事業で私腹を肥やすなんて恐ろしい真似ができるわけがない。
そもそも、俺が代官になったのも前任者が私服を肥やし解任されたのが理由だったわけで。
「肥やしているのはお腹ぐらいよね」
などとサラが栄養のある飯を食っているせいで少し出てきた俺の腹を軽くつまんでくる。
そこで「サラも顔が丸くなってきたな」などと返さない俺を誉めてほしい。
とりあえず教会の姿勢は理解できた。
そもそも報償なのだから工事の採算は問われない。
教会に大きな利益をもたらす事業の対価なのだから、それに見合うだけの工事をしろ。
と、いうわけである。
デフレ日本のゼネコンが泣いて喜びそうな気前の良さだ。
さすが複数国家にまたがる巨大組織のトップを争う枢機卿の懐刀。
動かせる予算の規模と融通のきかせ方が違う。
「ですから住人達に金銭を払うことはできると思います。私はその根拠を知りたいのです」
根拠を求めるあたり、教会法や貴族法の修得が必須とされる教会官僚の癖が強くでている。
これがキリクあたりだと「金でうまく回るならなんでもいいじゃないですか」などと言いそうなものだが。この緻密さは少し見習わせたい。
「根拠か・・・そうだな。一言で言えば、この工事は必ず儲かるからだ。きっと大きな利益になる。利益になる事業に手を貸してくれるのだから、その対価は渡すべきだろう?」
「儲かる・・・ですか?教会建設が?」
「教会建設は専門外だな。そこは教会に任せるさ。儲かるのは・・・おまけの道路の方さ」
道路が儲かる。
その理屈を聖職者であるクラウディオには、今一つ飲み込めないようだった。
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