第733話:報告書の長虫とは
本日発売の月刊コンプエース10月号にて異世界コンサル株式会社が掲載されております
ジルボア団長、スイベリー副団長の登場回です
オーバーロードが目印となります
小一時間ほどで中座したニコロ司祭が早足で戻ってきた。
が、平素にもまして難しそうな表情をしている。
余程の用事が待っているのだろうか。そろそろ解放されるか、という淡い期待は続くニコロ司祭の声に打ち砕かれた。
「さて。報償の件はおいて、報告書についても幾つか問い質したいことがある。まずは農地の生産性を計測する画期的な方法がある、とのことだが、真実か」
画期的な方法というと、生産量と農地の面積を分布図にしたことか。
クラウディオがどう報告したかはわからないが、説明が必要だろう。
「どうでしょうか?計数自体は一定程度の教養があれば可能な方法ですし、それほど画期的とは考えておりません。ただ・・・」
「ただ?」
「取り扱う対象の数が多く、また数字が読める程度の人材であれば計数に参加できること、また全体の傾向から外れた対象を判別しやすい、という意味では役立つ手法かと存じます」
「ふむ。数字が読めれば役立つ、か」
「はい、実際に領地ではこちらの者達と職人だけで実践いたしました。私は線を引き、羊皮紙を並べただけでございます」
ニコロ司祭は俺の背後に立つサラとキリクを鋭く一瞥すると、再びこちらを見据えた。
「実際に、不正をしていた者達を発見したそうだな」
「不正とは申せません。一件は農地で実際に働いている人数の計測が成されていなかったものであり、もう一件は放置されていた漁具を回収しただけでございます。漁業権は領主に帰属しますので、その現地での管理は代官である私の監督となります」
代官の責任は即ち任じたニコロ司祭の責任でもある。
領主であるから口出しする権利はあるが、権限はこちらにあるのだから、と主張する。
「報告書には教会の領地管理に役立つ、とあるが」
幸いに司祭もそれ以上の追求の意図はないようで、建設的な話題に移った。
「さようです。元々は農地と耕作の管理に不慣れな自分が苦肉の策として実際に優れた耕作指導をしている者を見つけるために考えた手法でございます。不正と見られる農家を発見したのは偶然の結果です。
もしも教会全体の農地管理に用いるのでしたら、ぜひとも優れた農業技術者を発見するために用いて欲しい、と願っております」
「ふむ。教会には計数のできる者が多い。役には立たん方法かもしれんな」
「かもしれません」
ニコロ司祭が差配する中央の教会には高い教育を受けた者達が多い。
計算程度ならば軽くこなす者達も多いだろう。
「だが、説明を必要とする何か、を見つけるのには役立つかもしれんということか・・・」
ニコロ司祭は眉間に深い皺を寄せ、ここにはない何かを記憶から探るように視線を動かすと先を続けた。
「・・・まあ良い。次に豆の長虫、とあるが、これは何か。また何やら面妖なものを作ったようだが報告の絵では理解しかねるが」
報告者には、どうもニコロ司祭を納得させるだけの絵心がなかったらしい。
官僚出世コースに乗っている若い彼に絵を練習する習慣も時間もなかったろうから、それは仕方ないことかもしれない。
「一言で申せば、豆を大きさごとに分類する器械です。一方から回転する穴の開いたカゴに豆を流し込みますと、穴の大きさと同じ豆が落ちてきます。それを繋げますと、いくつかの大きさの豆に規則正しく分けられるのでございます」
「・・・理屈だな。だが、それは農民達が穴の開いたカゴを揺すって手で分けるのと何が違う」
「一つには速さです。実際に試作した器械では馬車2台分の豆も食事をとるほどの時間もかけずに分けることができました。もう一つは人手です。その器械はただ1人で操作することができました。ただ回転させるだけの道具ですから、水車を利用することができれば人手を必要としなくなります。また、豆を運び込む機構を工夫すれば、一晩中でも飽くことなく動かすことができるでしょう」
「農民達に楽をさせる工夫、ということか」
「そうではありません。もちろん農民達は楽にはなります。余った労力で新しく農地を耕作する余裕もできるでしょう。ですが、教会にとっては2つ、より大きな意義がございます」
「ふむ。申してみよ」
「一つは、教会の倉庫の節約になります。豆は救荒作物として各村の教会に保管されていると聞きます。しかし、その品質は一定ではありません。また茎や草など食せぬものが混じり嵩を増やしている、という実状があります。この器械を用いることにより、そうした混ざりものを速く人手を必要とせず取り除くことができます。
結果として教会で保管する嵩が減り、同じ建物により多くの作物を保管することができるようになるでしょう。それは多くの倉庫を改めて建設するのと同じだけの効果があります」
「・・・続けよ」
「もう一つは、教会で豆の品質を定めることができるようになります。豆の大きさに応じて高、中、低、雑、と基準を設けて分類することで教会の倉庫に眠る救荒作物の豆の一部は商品作物となります。それは教会に富をもたらすかもしれません」
眠っている在庫に換金性価値ができれば、それは教会にとって現金が増えるのと同じ意味を持つ。
教会全体を考えれば、どれだけの現金が生まれるのか。
ニコロ司祭に理解できないはずがない。
「貴き者達に豆を食せ、というのか」
「その豆は虫が湧き葉の混じる豆ではありません。粒が揃い、形は美しく祝福を受けた作物でございます」
「・・・そのようにせよ、ということか」
こちらから提案はできるが、指示や命令はできない。
だまって頭を下げると、くくっ、とニコロ司祭がしゃくりあげるように声をあげた。
あれは笑った、のだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇
他にも幾つか厳しいやり取りがあり、ようやく俺達は解放された。
朝のうちに教会に入ったはずだが、外にでると陽は既に傾きかけていた。
明日も更新します
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