第725話:温かい報酬と街の噂
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「まあ、やっぱり小汚ねえガキを綺麗な工房に入れるわけにはいかんでしょう」
と、マルティンは指摘する。
路上で暮らしている子供達は、髪は伸び放題、ろくに水浴びもしていなければ服はボロを着たきり、足下も良くて千切れかけたサンダル、普通は裸足。
手足の爪も汚いし、髪にはたぶんシラミもわいているだろう。
一方で、靴工房は建物こそ古びているものの、職人の奥さんと子供達の手で床も壁も丁寧に掃除が行き届いて汚れ一つなく、最近では職人達もそれを誇りにしている。
この状態で路上の子供達を雇用しても、すんなりとけ込むことはできないだろう。
「で、とりあえず街の見回りの手伝いをさせることにしたんでさ。スライム狩ってる振りをすりゃ、大抵のところに潜りこめますからね」
靴製造業を圧迫している警備業務の補助に路上の子供を使おう、というわけだ。
製造業務の補助は職人の妻子、警備業務の補助は冒険者未満の路上の子供。
理屈には合っている。
ここが現代日本であれば児童労働という面では誉められたものではないが。
スライムはある種の掃除屋で街の下水管や飲食店の店の裏手、つまり暗くて汚くて栄養のあるところにいる。
だから、そうした場所に路上の子供がいることを不審に思う人はいない。
これは情報を集めるのに大変に都合が良い。
「で、あそこで飯を食っているガキが、うまいことに4日前の襲撃を知らせてきた、ってわけでさ」
マルティンが指した場所では、粗末なベンチで汚い格好の子供が麦粥をかき込んでいる。
確かに、気にはなっていたのだ。
スライムの核を納品している列を観察していると、鑑札を出して記録をとってもらった子供は2通りの行動を取る。
ある子供は小銭を受け取ると、大事に握りしめて足早に立ち去っていく。
別の子供は、木の椀と匙を受け取ると、また別の列に並ぶのだ。
「あれは、工房の賄い・・・か?」
木の椀を受け取った列の子供達は湯気の上がる大きな鍋から食事をよそって貰うと、思い思いの場所に座り込んで匙を忙しなく小さな口に運んでいる。
「そうですよ」と、マルティンはしれっという。
また子供を安くこき使うつもりか、と言い掛けて、やめた。
小銭を受け取っていく子供は年齢が高めで、木の椀を受け取るのは年齢が低めの子が多いことに気がついたからだ。
「・・・現物報酬か。小さいうちは、そっちの方がいいかもな」
「ですな。銭を渡すと力の強い奴や大人に取りあげられることもありますし、連中の格好が汚いんで、街じゃろくにモノを売ってもらえなかったりしますんでね」
子供達の上前を跳ねて食い物にしていた張本人が言うのだから、説得力がある。
「報酬の食事はちゃんとしたものを出してるんだろうな」
「ええ、靴工房の朝食で職人達が食べるモノと同じモノを出してもらってますよ。残り物ですがね、温かい飯が椀で食える、っていうんで人気ありますよ」
職人達と同じ、ということは俺と同じモノを食べている、ということだ。
「ちょっといいか」と声をかけて大鍋の中をチェックしてみたが、確かに中身は、麦粥に野菜屑とニンニクを入れて塩で味を調えてある、いつも靴工房で出している食事内容だ。
「ふうん。どうだ。飯は美味いか?」
「えっ・・・ああ、はい。温かいです。うめえです。石も入ってねえ、混ぜモノなしです。塩がたっぷり使ってあって」
飛び上がり、つっかえながら答えた子供に笑みを誘われる。
麦を納入する商人が信用ならない、というのは子供にとっても常識のようだ。
連中は油断をするとすぐに古い腐りかけの麦や、石や砂混じりの麦袋を納入して質や量を誤魔化そうとする。
もっとも、靴工房はその手の商人を許さない。二、三度しっかり剣牙の兵団の名前を使って交渉したところ、いじましい商魂を発揮する商人はいなくなった。
「腹が減ってきたな。俺も同じモノを貰おうか」
椀と匙をもらい、ベンチの隣に座って食べ出すと不思議そうに子供に尋ねられた。
「小団長様は、お貴族様なんだろ・・・ですよね?もっといいものを食ってるかと・・・」
「貴族・・・の端っこになるのかね。俺も元冒険者だ。これより粗末な飯を長いこと食ってたさ・・・なんだ?何か聞きたいことでもあるのか?」
「その・・・元冒険者っていう噂は本当だったんですね。嘘かと思ってました」
おずおずと尋ねる子供の口調に嫌な予感を覚えて「噂?」と先を言うよう促すと、突然早口になり目を輝かせ立て続けにとんでもない「噂」をまくし立てるのだ。
「ええ!俺たち冒険者の駆け出しの間じゃ、小団長はもう、すっごい、すっごい英雄です!すっごい、いろんな噂が飛び交ってますよ!元は遠国の大商人だったとか、元はお貴族の隠し子だったとか、すっごい偉い魔法使いの弟子だとか、本当は教会の司祭様じゃないかとか・・・どれが本当なんですか?」
どれも本当じゃねえよ。
見ろ、後ろでサラの奴が懸命に笑いを堪えてるじゃないか。
子供らを情報収集に使うのは、考え直した方がいいんじゃないだろうか。
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