第717話:紙の上の開発計画
【書籍化関係のお知らせ】
・今朝の新聞広告に掲載されました!詳細は活動報告をごらんください
「そもそも、開発計画自体はあるんだ」
全員の共通認識を揃えるために、前提となる知識を確認する。
そう、領地の開発計画はあるのだ。
街にいる新人官吏達と、板切れに仕事を書き込んで資材や人員、予算の管理を工程化した計画が既に存在するのだ。
今も、その計画は専門家や資材の購入、工事の人員手配といった領地の外側の仕事は進んでいる。
開発計画がこの領地で行われていなかった理由はただ一つ、印刷業を巡る利権の配分という政争の決着がついていなかったためだ。
だが、ニコロ司祭が自分を呼び戻したということは、その決着に見通しがついた、と見て良いだろう。
「だから、理屈で言えば計画通りに進めればいいわけだ」
そうやって、敢えて楽観的な見通しを提示してみる。
事業計画のリーダーというのは、誰よりも悲観的な事態を想定しながらも、誰よりも明るく楽観的に振る舞うことを求められる。
部下も人間であり、暗く陰鬱な人間よりも、明るい人間について行きたいものだ。
「ですが、正直なところ代官様なしでは、事業を前に進める自信がありません」
最初に言葉を発したのは、引き継ぎで残り、かつ実質的な管理者になると目されるパペリーノだ。
生真面目で聡明な聖職者からすると、自分ができることよりも自分が出来ないことが先に見えてしまうのだろう。
そうしたパペリーノの性質は長期計画に優れつつも細かな仕事にも手を抜かない、という長所と表裏一体のものである。
ここで無理に説得しても意味がない。
「具体的には、どのあたりに自信がないんだ。難しいと思う点を具体的に話して欲しい」
「・・・そうですね。例えば、昨日のような襲撃があったり、あるいはもっと遡って村人が代官屋敷に怯えて近寄らない、といった計画になかった事態の対応は苦手かもしれません」
パペリーノは言語化に苦労しつつも、自分の不得意分野をハッキリと認めた。
人前で自分ができないことを認める、というのは大変にストレスのかかる行為だ。
面子が重視される競争的な組織だと、それは出世競争に遅れを取ることを意味する。
だが、パペリーノは変わった。
人間には得意不得意があり、互いに協力して進めてこそ事業を前に進めることが出来るという精神を、仕事を通じて自然に身に着けてくれている。
ゲストとして座っているジルボアが、軽く瞠目しているのが心地よい。
「兵団からリュックとロドルフを寄越しますよね。あいつらに任せとけば荒事は何とかなりませんかね」
「彼らは若いですが、キリクと比べて腕はどうなんですか?」
パペリーノに問われて、キリクは軽く首を竦めた。
「そりゃまあ、自分に比べたら腕は一枚落ちますがね、2人いれば何とかなるでしょう。あいつらは自分より学がありますからね」
キリクは自分の頭について謙遜するが、ここでの実績をみれば、そう捨てたものではない。
腕の方の謙遜具合についてはどうなのだろう、と、ふと疑問を感じたのでジルボアに聞いてみると
「兵団で上から10人には入っているな」
というのが団長としての答えだった。
ジルボアとスイベリーは別格としても、いかに不意をついたとは言え10人以上の傭兵をあっと言う間に斧槍で叩きのめしたキリクより上の奴等が7人もいるのか。
剣牙の兵団の連中というのは、一体どうなってるんだ。
昨夜のキリクの勇姿を思い出しながら、驚くというよりも呆れてしまった。
「村人たちも昨夜は団結して対処してくれましたが、出稼ぎ農民と元の村民の対立は本質的には解決していません。それと、代官様が仰ってた村人をお金に慣れさせるですとか、冒険者を呼び戻して伐採事業に従事させるといった、現地を見て考えつかれた計画については、事前計画には入っていませんから人員や予算の手当をしておりません」
パペリーノに指摘されると、己を省みて見通しの甘さに恥じ入るしか無い。
「たしかに、もう少し時間の余裕があるつもりで計画は立てていなかったな」
「ケンジも、結構出たとこ勝負な部分もあるものね」
サラに指摘が耳に痛い。
「なるほど、まずはケンジの頭の中を全て絞り出すところから始める必要があるようだな」
ゲストのはずのジルボアが、なぜか嬉しそうに響く声で、議論をまとめた。
明日も更新します。→すみません。頭痛のため、1回休み、です。土曜日は更新します
昨日発売された書籍の購入報告・感想・アンケート送付へのご協力ありがとうございます!
これから購入される方には、幾つかのご注意とお願いがあります。
活動報告をご覧ください。
 




