第704話 襲撃の後始末
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「怪我はないか」
剣牙の兵団の黒い鎧でわかりにくいが、キリクの全身が血に塗れているように見える。
「なあに、返り血ですよ。狭い場所だと避けるのも面倒でしてね」
「そうは言うが、武器に毒が塗ってあったらまずい。まずは鎧を外せ」
「連中に武器を抜かせる暇なんてやりませんでしたよ。それより、あちらをどうにかした方がいいんじゃないですかね」
キリクが顎で示した先には、突然の事態に立ちすくむ出稼ぎ農民達がいる。
たしかに、彼らに説明する責任は、代官にある。
「わかった。サラ、井戸でキリクの血を落としてやってくれ。ここは任せた」
そうして庭を避けて表口の方に回ると、大勢の農民達が口々に訴えかけてきた。
暴力沙汰に動揺しているのだろう。言葉が支離滅裂で、何を言いたいのか伝わってこない。
「静かに!今の事態を説明する!」
右腕を掲げると、農民達は一歩飛び下がって待つ姿勢になった。
今更ながらに、代官に詰め寄るという、違法行為と見なされかねない行動を取っていたことに気がついたものらしい。
「たった今、領内に潜んでいた盗賊を討伐した!諸君の協力に感謝する!」
大声で宣言すると、途端にホッとした表情で興奮しながら小声で話しはじめた。
「盗賊か」「おっかねえ」「さすが代官様だ」「ああ、あの矢がぴゅっと飛んでいったの、すげかったなあ」
これは事前に検討しておいた説明のシナリオである。
印刷業を巡る暗闘云々と経緯をぐだぐだと正直に述べたところで、農民達に理解はできない。
それに、どうせ殺された連中を引き取りに来る者もいないのだ。
だから、奴らは盗賊であったことになる。
その意味で、嘘は言っていない。
彼らは盗賊ではなかったが、盗賊として葬られるのだ。
「盗賊どもは、1人をのぞいて討ち取った!連中も畏れをなしたことだろう。安心して欲しい。それと今回の労賃については後で払おう。夕方、屋敷の方に取りに来るように」
領主の武勇は、自分達に向いてこない限りにおいて農民達を安心させるものである。
ようやく豊かになり始めた自分達の生活を狙った盗賊を代官様が討ち取ってくれた、というのは彼らにも受け入れやすいストーリーであり、また、今日の労賃についても保証をされるとなれば文句を言うものは一人もいなかった。
とりあえず解散し教会から司祭を呼んでくるように言うと、農民達は口々にたった今経験したばかりの劇的な体験を共有するべく、興奮して語り合い戻っていくのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
裏口に戻ると一通り血を拭き取ったのか、少しは見た目がマシになったキリクが何か言いたげな表情で待っていた。
「どうです?例の説明で納得しましたかね」
「ああ。出稼ぎ農民と、ここの住人の接点はほとんどなかったからな。聞かれもしなかった。それで、どうだった?」
尋ねると、キリクは無言で首を左右に振った。
「そうか」
家屋を占拠されていた農民達の生存については元から期待できなかったが、残念ながら懸念していた通りになったということだ。
数日程度ならともかく、かなりの日数を潜伏するとなれば人質は邪魔にしかならない。
雲の上の人々に使われている連中が、農民達の命をどの程度まで尊重するだろうか。
「すまない」
少しの間目を閉じ、代官として領民に初の死者を出してしまったことを悔やむ。
この世界は、本当に人の命が安すぎる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これからのことだが」
犠牲を出したことは残念だが立ち止まるわけにはいかない。
誰もが自分の指示を待っている。
「教会の司祭を呼んで、この連中を盗賊として葬る。村中に知らせて、ここの家族の葬儀も出してもらう必要がある。費用はこちらで持つ」
まずは葬儀の手配をする。死体を放置しておくわけにはいかないし、村民の人身の安定のためにも葬儀を執り行わねばならない。
教会の司祭には本業の仕事を頑張ってもらおう。
「それからキリクは屋敷に戻ってパペリーノとゴルゴゴの護衛にあたってくれ。可能性は薄いが別働隊の連中がいて屋敷を狙わないとも限らない」
続いてゴルゴゴと印刷機の護衛の手当だ。敵の第一弾の攻撃は撃退したが、続きの攻撃がないとも限らない。
奇襲で一撃して打撃を与えたら屋敷で守る、というのが基本的な方針だ。
この領地の最大戦力であるキリクを遊ばせておくわけにはいかない。
「代官様は」
「少し連中の死体と屋敷の中を探る。何か依頼主の手がかりがあるかもしれない」
あまり期待はできないが、こちらの奇襲がうまく決まった分、連絡用の符丁や文書などが処分されずに残っている可能性もある。連中を盗賊として葬る前に、一通りは見ておきたい。
「あたしも残る!」
サラには屋敷に戻るよう言うつもりが、先手をうたれた。
説得しようとして、その必死な瞳の色を見てあきらめる。
「わかった。屋敷の外を見張っていてくれ。敵の残りが襲ってくる可能性がある」
「わかったわ!」
サラが張り切って見張りに立つのを見送ると、肩を竦めたキリクと視線が合う。
「よくやってくれた」
今回の襲撃は、キリクの作戦指揮と剣の腕がなければ、より深刻な事態になっていただろう。
あらためてねぎらうと、長身の傭兵は例の猛獣のような笑みをひらめかせて屋敷へと戻っていった。
明日も更新します
活動報告に「出版までの長い道のり」という短い読み物を載せております
よろしければ御覧ください




