第693話 釣りの個性
元の世界で外国人とサッカーの試合をしたことがある。
サッカーには国民性というのがモロに現れるもので、中南米の人間はボールを持ったらひたすら個人技でパスを出さない、欧州の人間はとにかく身長に任せて高いボールを放り込んでくる、そして日本人はひたすら走り回る、と違いがあって興味深かった。
そして、釣りにも個性が出る。
審判なので一応は全員を見て回ることにすると、パペリーノが座り込んで何やら作業をしている。
なにか地面に置いた羊皮紙に書かれた仕掛けを再現しようとしているらしい。
「それは、何をしているんだ?」
疑問に思って訪ねると、聖職者は胸を張って教えてくれた。
「これはですね、かの聖人キーブリックが愛用したという聖人と使徒の仕掛けです!」
聞きなれない回答なので羊皮紙の絵や説明から推測するに、囮を使って縄張り意識に訴えかける類の仕掛けらしい。
釣り糸の先には釣り針が2本つけられていて、何か魚のような板切れもついている。
「この仕掛を作るようゴルゴゴを説得するのには苦労しましたからね。教会のエールで手をうちました」
それは買収というのではないのか。
釣りは人を変える。
「これで私の勝利は確定です。聖人の権威は守られるのです」
エールで守るのはいいのだろうか。
「まあ、ほどほどにな・・・」
審判としては、見逃してよいのか迷う事案ではあった。
少し歩くと、サラが釣りをしている姿を見つけることができた。
特徴的なのは、竿を使っていないことと、農婦の家の裏で釣りをしていたことだ。
「釣り竿は使わないのか?」
「冒険者をしていると竿とか持ち歩けないでしょ?それにね、こうして指で糸をつまんでるとね、十分に釣れるのよ。ほらきた!」
何かアタリがあったらしい。
指と手首だけで器用に押し引きをして釣り糸が切れないようにしつつ、ゆっくりと獲物を釣り上げる。
「白魚ね!美味しそう」
慎重に引き上げられた白魚は川べりの籠に投げ入れられる。
「もう2匹目か。早いな」
「ここって、屋敷に来てる人が仕掛けを使ってた場所でしょ?地元の人だから、魚が多い場所に仕掛けてると思ったの」
村のことは村人に聞け、という原則をごく自然に体現しているわけか。
さすがによく観察している。
そしてキリクは、というと。一人、村外れの上流まで踏み込んでいた。
「ふんっ!」
気合と共に長大な竿をしならせ、川の対岸のポイントへと針を投げ込んでいく。
さすが一流の冒険者。恵まれた体躯と手足を生かしてよく飛ばす。
間違いなくキリクの圧勝だろう。
これが釣りの勝負でなく遠投の勝負であったなら、という注釈はつくが。
「誰もいないところを踏破し、誰よりもデカい獲物を釣り上げる!それが冒険者ってもんでしょうが!」
というのが、キリクの言い分だ。
キリクであれば魔狼が出てもなんとでもするだろう。
ということで、3人の見回りを終えた後は自分の仕事もあるので、放っておくことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく屋敷で書類仕事をしてから外に出てみると、何やら川べりが騒がしい。
見てみると釣りをしている3人の周囲に大勢の子供が集まって何やら騒いでいる。
なかには大人も混じっている。
なるほど。勝負事というのは長閑な村人たちにとって格好の娯楽になるらしい。
「どうだパペリーノ。釣れているか」
人混みをかきわけて聖職者に声をかけると、パペリーノは仕掛けを地上にあげて何やら思案顔をしていた。
「いえ。どうも仕掛けに問題があるようです。今度は聖者の修行の仕掛けを試そうと思います」
どうもうまく行っていないらしい。
先程の羊皮紙とは別の羊皮紙を取り出して、それを見ながら何やら新しい仕掛けを作りだした。
「こちらの仕掛けがうまく行けば、必ず勝てます」
「ま、まあ、ほどほどにな・・・」
なんとなくパペリーノは坊主になりそうな気がする。
一方で、サラは地道ながら絶好調。
白魚だけでなく海老もかかり、籠の中には大量の獲物が入っている。
「大漁だな」
「そうね!後で皆で食べましょ!」
見ていると、本当に器用に糸だけっで魚のアタリをとっている。
あの指の強さと勘は、弓兵時代に培われたものだろうか。
「この勝負、あたしの勝ちね!」
なんとなく、そんな気もしてきたが、そうするとサラは釣り人達に釣り糸として髪の毛を狙われる立場になる。
それはいいのだろうか。
本人が気にしていない、あるいは気付いていないだろうから、それでいいのかもしれない。
最後にキリク。
坊主でも冷静なパペリーノ、沢山釣れて上機嫌なサラと違い、不機嫌の極み、という表情で竿を振っていた。
キリクが竿を振るたびに、パシッ、と乾いた音がする。
あれは竿の先端が音速を超えている音ではなかろうか。
「キリク、どうだ?そろそろ時間だが」
「いや!もう少し待ってください!あそこに大物がいるのはわかってるんで!くそっ!」
舌打ちをするや、また対岸のポイントに投げ込んだ。
キリクは性格からして釣りには向いていない気もする。
そもそも剣牙の兵団でも、冷静な人間は弩兵に配属される。
ちなみにキリクが所属する兵科の斧槍兵は、手足が長く気の短い攻撃的な性格であること、という特徴がある。
「まあ・・・「きたっ!!」」
こちらの声を遮ってキリクが叫び声をあげる。
きた?なにが?
見ると、キリクの長大な竿が大きくしなっている。
間違いない。大物だ。
「へっ!このキリク様と力比べとは、いい度胸じゃねえか!糸も針も大物対応だからな!逃がしゃしねえぜ!」
そうして数十秒、竿が折れんばかりに引き合っていたが
「ええいめんどくせえ!代官様、竿は頼みましたぜ!」
と竿をこちらに放り投げるや、自分は川面に向かい、ざぶんと足から飛び込むや動き回る糸の先に向かって泳ぎだした。
そうして水中に姿を消して数十秒後。
「おりゃあっ!!」
大声をあげながら巨大な、としか形容のしようのない2メートル近い魚を胸に抱え上げて立ち上がった。
魚は往生際悪くバタバタとあがいていたが、キリクが尻尾を掴んだまま力任せに立木に叩きつけると大人しくなった。
「力技だな」
「まあ、デカいトカゲもこうやりゃあ大人しくなりますからね」
魚もトカゲも、キリクが振り回して立木に叩きつけると死ぬ。
あまり役に立たない知識は憶えた。
キリクは、暴れて泳いでスッキリしたのか、ひたすらに満足そうな笑顔を浮かべていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、釣り勝負はキリクの逆転勝利となった。
「あんな大物がいたとは」
釣り勝負に来た村人たちも興奮し、しきりに噂しあっている。
おそらく、あれだけ大物になると密漁していた村人たちの素人の仕掛け籠などでは入り切らなかったのだろう。
生態ピラミッドの中間層である中型魚が釣られることで、頂点の魚の餌が増えて巨大化する。
自然界ではままある現象だ。
「ねー、この魚、髭が生えてるよ!」
そうして釣り上げられた巨大魚だが、どうも鯰の一種らしい。
平たい顔に髭がある。
「これだけの魚、皆で分けて食うか!」
白身の魚をよく洗い、パン粉とハーブをまぶし、たっぷりの植物油でソテーにするとなかなか美味い。
急遽設置されたバーベキューで巨大魚は全てが村人たちの胃袋に納まり、キリクは領地の魚釣り指導教官に就任することになった。
明日も12時頃に更新します
SFですが中編を書きました。「宇宙ゴミ掃除をビジネスにする話」。
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