第691話 子供の遊び
そうして子供たちの遊びを聞いてみると、出るわ出るわ。
サラの聞き方が上手いのか、おやつが子供たちの口を滑らかにしたものか。
子供たちの口から、見たことも聞いたこともない遊びが幾つも飛び出した。
穴掘り、木登り、目隠し鬼ごっこ、ぐらいはわかるとしても
「馬ちゃん、牛ちゃん、仔牛ちゃん、も楽しかった!」
などと言われると、いったい何の話かよくわからない。
一番に子供たちが盛り上がったのは、ふと思いついて靴の商売用にと倉庫にあったスライム核のボールを見せたときだった。
年長の子と軽くキャッチボールやサッカーのように足でパスしてみせると、特に男の子たちから歓声が上がった。
「すっげえ!すごい丸い!」
「とうちゃんに作ってもらった豚の風船とは全然違う!」
豚の風船というのは、豚の膀胱に空気をつめて膨らませた風船である。
冒険者用の靴の踵に詰める緩衝剤として検討したのだが、強度が足りないので断念した記憶がある。
「まあ、きちんと薬品で処理してあるからな」
乱暴に使用される靴の踵に仕込むぐらいだから、薬品処理されたスライムの核は強度も柔軟性が十分にある。
元の世界でいうとゴムの固まりであるスーパーボールの感触に近い、と言ったら伝わるだろうか。
どうも話を聞いていると、遊び道具には随分と不自由しているように思える。
経済的な事情もあるだろうし、魔物の跋扈する村の外で遊びに行くことが禁止されている不自由さもあるだろう。
遊び道具を作るという方針を固めたところで、もう一つ大きな問題があった。
「男どもはボールをやってサッカーでもやらせればいいとして。女の子って、どんな遊びがいいんだ?」
「しょうがないわね。ケンジったら女心がわからないんだから。女の子の遊びって言ったら、ママゴトとか子守ごっこ、それと人形遊びあたりよね!」
サラが、ここぞとばかりに自慢げに知識を披露してくる。
「なるほど。それでサラはどんな遊びをしてたんだ?」
「あたしは弓ね!畑の作物を狙う小鳥を射るのよ。お父さんより上手かったんだから!」
とりあえずサラの女心は脇に置いて、もう少し子供たちから話を聞くことにした。
◇ ◇ ◇ ◇
男の子にはサッカーでも教えて、女の子には幾種類かのママゴト道具、公園の設備にブランコとシーソーぐらいは作ってやるか。
などと元の世界の公園の遊具を思い浮かべつつ、ふと気付いて聞いてみる。
「この中で泳げるやつはいるか?」
すると全員が首を横に振った。
「じゃあ、釣りをしたことのあるやつは?」
またも全員が首を横に振る。
「おれたちの村には河がなかったし、今も河にいくと村の大人に意地悪されるから・・・」
というのが子供たちの返事だった。
子供たちの育ってきた環境と今の村の状態を考えれば、そうなるか。
この状態で漁業権を解放すると、溺れ死ぬやつが出るな。
「サラは泳げるか?」
「うちの村も河がなかったから、あんまり自信ない。それよりケンジは泳げるの?」
「一応はな」
しばらく泳いでいないが子供の頃には水泳教室に通っていたし、社会人になってからも時々はジムに併設されたプールで泳いでいた。100メートルぐらいなら今でも泳げるだろう。
「ほんと、ケンジってお貴族様みたいよね」
「まあ、代官様だからな」
考えてみれば水泳という技能はある種のスポーツであって社会に余裕がなければ必要とされない。
海際で魚を素潜りで獲る猟師でもなければ、泳ぐという技能は育たないかもしれない。
サラに答えつつ、少し困ったことになったなと思う。
まさか俺が執務の時間を削って子供たちに水泳を教えるわけにもいかない。
「水練なら、自分もできますが」
そうした迷いを見て取ったのか、キリクが声をかけてきた。
「キリク、泳げるの?」
「まあ、団長の方針で。訓練で装備をつけたまま泳がされるんで」
サラの驚きに答えるキリクは少し自慢げだ。
前から思っていたことだが、剣牙の兵団は頭おかしい。
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