第677話 集団と清掃
教会に掃除用具一式を荷車で運び込むと、ちょっとした騒ぎになった。
相談して小一時間もしないうちに戻ってくるとは、思わなかったのだろう。
掃除に参加する者には食事を出すと言うと女達の全員が手を上げたし、衣服の洗濯と全身を洗うために石鹸を提供すると伝えれば歓声が上がった。
冒険者ギルドの倉庫を清掃した時の経験にも通じるが、整理整頓のためには、まずゴミを捨てることから始める必要がある。
ゴミを捨てることで空間が生まれ、整理の余地が生まれる。
整理することができれば効率化されて、時間が生まれる。
時間とは余裕であり、行動の自由である。
集団の指示には少しばかり自信もある。
まずは班に分けて・・・などと指示しようと張り切っていたら「ケンジは見えるところに座ってて。代官様なんだから」などと、どこから持ってきたのか床几のような小さな椅子を用意され、無理やり座らせられてしまった。
まあ何かあればフォローすれば良いか、お手並み拝見と見ていると、サラ、キリク、パペリーノの指示は全く危ういところがない。
「じゃあ、最初に班を3つに分けるわよ!食事を準備する班、洗濯場所を準備する班、掃除を実施する班ね!」
サラが全体の指示を出しているのを見ると、少し不思議な感じもする。
だが、考えてみれば工房でも俺が不在時には指示を出しているわけで、自信に満ちた態度には裏付けがある。
「おう、石鹸はこっちだ!列は守れよ」
キリクは全体に睨みを効かせる役目だ。武器を持った大男がギロリと睨みを効かせることで、秩序を乱すような動きをする者や、用意してきた石鹸や小麦を失敬するような真似をする者はいなくなる。
「食事を準備する班は、先に体を洗ってもらいましょう。汚れた状態で食事を準備するのはまずいですからね」
パペリーノは、サラを補佐して段取りの細かい部分を指示しているようだ。サラも指示を出す前に相談しているようで、実に行き届いた指示をする。
もう俺は見ているだけで良さそうだ。
この手の集団に対する指示やリーダーシップは、この世界では大商家や貴族、軍人などの極めて限られた階層だけが備える技能である。
3人での集団指導とはいえ、そうした指示を実行できるようになった彼らは単に代官を補佐する新人官吏という枠には納まりきらない何者かになりつつあるのかもしれない。
女子供たちが動き出せば、男達も座り込んでいるわけにはいかない。
そもそも、彼らが座り込んでいる場所や毛皮も、石鹸混じりの水が撒かれたり、燻蒸するために巻き取られたりで、邪魔だとばかりに追い出されてしまっているのだ。
「あのう・・・俺達にも何か仕事をください」
と言ってくる連中がいたので、遠慮なく仕事をふる。
その仕事とは、ゴミ穴とトイレ掘りである。
暮らしてみればゴミが出る。掃除をしてもゴミが出る。それらを放り込むための大穴が必要である。
穴掘りは力仕事であるからして、仕事にあぶれた男達にはうってつけの仕事である。
それとトイレの穴も掘る必要がある。
1回限りだから、と掘った浅い穴でなく、ある程度の期間使用するための深い穴が必要である。
底には灰やおが屑を撒いて、臭気を抑える工夫もする。
女性に配慮して、板で周囲を囲いもする。
作業の概要を聞いて嫌な顔をする者もいたが、女子供が働いているのに自分達だけ何もしないわけにはいかない。
不承不承、といった態度でノロノロと作業を始めた。
集団の力というのは大したもので、一度動き出すと物事がドンドンと進んでいく。
簡易な竈が用意され、豆や小麦が大鍋で煮られ出せば、その匂いを嗅いだ者達の顔が明るくなる。
毛皮を燻蒸しながら飛び出してきた蚤を、笑いながら払いのける。
石鹸で洗い流した髪や顔を互いに確認し、驚きの声があがる。
人の集団が効率的に動いている様子を見るのは、何とも言えない気持ちよさがある。
そこに笑顔があるのは、もっといい。
「ケンジ、なんだか嬉しそうね」
いつの間にか隣にいたサラに指摘されて、思わず顎をなでる。
いい年したオッサンが笑顔など、あまり見せるものでもない。
「・・・なんとなく工房を思い出すわね。みんな元気にしてるかしら」
サラが少し傾きかけた太陽の方向に顔を向けて、ポツリと零す。
「何かあればすぐに知らせが来る。それにクラウディオやシオンもいる。うまくやってるさ」
多分、サラが求めている答えは違うだろうと思いつつも、そう応えた。
先日はちょっと体調不良で更新をパスしました
明日も20:00までには更新したいと思います




