第64話 見えないものを視えるように
翌朝も、ベッドで目を覚ますと隣にサラが寝ていた。
もちろん、二人とも服は着たままだ。
涎を垂らして、腹を出して寝ていたので毛布をかけてやり、茶を飲みに下に降りる。
運ばれてきた茶の香気を、酒で腫れぼったい瞼にあてながら考える。
まあ、俺だってエロゲの鈍感系主人公じゃない。
サラの好意に気付かないわけがない。
だが、今の自分の立場を考えると、それに応えるわけにはいかないと思うのだ。
俺は多少は金回りが良くなったと言っても、宿暮らしの元冒険者だ。
それに、この事業を軌道に乗せるまでは、本当に命の危険がある。
暗殺なり、毒殺なりでポックリ死ぬ可能性は否定できない。
だから、今の俺にできるのは、俺が死んだ後で、
この元気な娘が、冒険者で死ぬような危険にあったり、路頭に迷って街娼になったり
せずに済むように、商売をする技能と地縁を遺してやること。
それが精一杯の表現だと思うのだ。
まあ、1年経って、商売も軌道に乗って、俺が無事だったら、その先を考えるさ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
考えることは多いが、当面は冒険者向けツアーを止めるわけにはいかない。
冒険者とサラを連れて、街の店を巡りつつも、冒険者用の靴事業の抑止力
をどうするべきかが、頭を離れない。
一晩経って考えてみると、靴の販売優先権を用いた疑似的な株式会社化は
アイディアとしてはいいが、実現は難しすぎる気がしてきた。
典型的な理屈倒れのアイディアに見える。
現代の法規に近いものを、この世界で再現しようという方向はダメだ。
実現性の高いシンプルな代替案が要る。
目の前に存在しないものの権利について想像する、という抽象的思考は現代人の習慣だ。
もっと、現地の習慣や癖に合わせる必要がある。
そういえば、冒険者に配布した靴の予約票は評判が良かった。
ツアーを利用した冒険者の中で足型の製作に協力してくれた連中向けに
木片に簡単な文字と押印をした割引券を作ってやったのだ。
農村から出てきた連中が多かったせいか、また割引券というものを生まれて初めてもらったせいか
厳つくてムサい連中が、いそいそと懐に大事そうにしまう様子が微笑ましかったものだ。
その時の様子から連想すれば、権利が想像できないわけではなさそうだ。
書類上の権利は想像できないが、目の前にモノがあれば大切さは理解できるということになる。
ならば、権利を視える化するか。と、考えを進める。
価値のある権利なら、価値のあるもので形を作ろう。
具体的には、靴を象った宝飾品でも作ればいい。
銀製の靴型宝飾品なら10足分の権利、金製の靴型宝飾品なら100足分の権利。
赤い宝石がついているものは譲渡に制限がつく代わりに議決権がある、とか。
靴の優先販売権を見える形にして関係者に示し、
話し合って力関係に基づいて、目の前で分けてもらえばいい。
そうすることで、バックの弱い俺が、巨大な勢力間に挟まれるという構図を回避することができる。
また、靴の製造権は形にしないので、それを手放さずに済む。
各宝飾品には管理番号をつけて、台帳に控えておけば所有者の特定もできるし
盗難や不法な譲渡にも対応できる。
そこまで考えて、ようやく苦しい谷間を抜けた気がした。




