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第627話 少しの工夫と教会の庭

職人達の杖投石器による石投げ遊びへの情熱は、あれから一向に冷めない。

あまりにガツンガツン音を立てるので、近所の工房から苦情が来たほどだ。

夜間は危ないし、あまり騒ぐと別の意味で目をつけられるので、時間については制限をすることにした。


デメリットの一方で、メリットもあった。


一番は、職場の雰囲気が良くなったことだ。

妻子持ちの職人がいるとは言え、多くの職人はまだ若い。


職場公認の適度な運動という遊びは、かっこうのストレス解消になっているらしい。

納期をきつくし過ぎたら「くそ社長め!」とか言われて石を投げられるかもしれない。

気をつけることにしよう。


他には、休憩を挟んだ後の効率が良くなった。

生産数という数字にもハッキリと出ている。

効率を上げるための分業化は、単純作業に職人を押し込める傾向がある。

期せずして、休憩と運動が効率の向上に資する結果となったわけだ。


というわけで、石投げの導入はうまくいっているように見えた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ところが数日後、シオンの方から職人たちの総意、という形で要望が伝えられた。


「つまり?」


「その・・・小団長なら、いろいろと学がおありではないかと思ったので・・・」


大袈裟なもの言いをするので何かと思えば「新しいルールを考えて欲しい」という要望だった。


工房を設立して以来、最初の要望が「石投げ競技のルールを考えてくれ」とは複雑な心境だったが、労働争議に発展するよりは、よほどいい。


それに、職人達に統一行動を教育する良い機会かもしれない。


「了解した」というと、シオンは満面の笑顔で駆けていった。

結婚しているとはいえ、あいつもまだ十代だからな。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「それで、競技の種類を考えた」


一晩かかって幾つかの競技を考え、職人達に提示してみた。


・高さの違う的に当てる競技

・一定時間内にたくさんの石を的にあてる競技

・1人だけでなく、2人組、4人組で数を競う競技


「なるほど、これはいい!」


単純な的当てでは満足できなくなっていた職人達は、大いに感心し、沸き立った。

特に好評なのは、2人組、4人組の競技である。

これまで見ていることしかできなかった子供達も、石を大人に渡すという形で競技に参加できるのだ。


一方で、一歩離れたところから俺の意図に気がついたものもいる。


「小団長、さすがですな」


キリクが近づいて来てささやく。


「高い的に当てるってのは、投射距離を伸ばす訓練ですな。一定時間内にたくさんの石を、というのは時間あたりの投射量を増やして攻撃力を高めるため。2人組、4人組の競技は集団行動チームワークを教えるため。全く、よく考えますな。剣牙の兵団で、訓練教官が務まりますぜ」


冗談ではない。野山を重装備で駆け巡り、怪物を退治する連中に訓練するなど、もっての外だ。

どう考えても、俺のほうが訓練される側になるに決まっている。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「時間を測る、のう」


ゴルゴゴは石投げには全く興味を示さなかったが、すっかり石投げに熱中した職人達からの「競技時間を正確に測る道具を作って欲しい」という要望には強い興味を示した。


「それで、小団長なら何かしら、仕掛けを思いつくんじゃないかと思っての。言い出したのは小団長であるし」


確かに、責任の半分は自分にあるような気もするので、ゴルゴゴの相談を少し真剣に考えてみる。


正確な時計を作れ、というのであれば俺の知識では難しいが、所詮は遊びのため、と割り切って大雑把なタイマーであれば作れる気もする。


まずは、工房をひっくり返して小さな木の棒と長めのヒモ、重りとなる木片を用意する。


木片を結びつけたヒモを木の棒にくるくると巻き上げる。

木の棒をゆるく保持したまま木片を離すと、ゆるゆるとヒモが解けながら地面に落ちていく。


「これが地面に落ちるまでの時間を競技時間にする。ヒモの長さが一定なら、時間も同じになる」


タイマーの原理を実物で示すと、ゴルゴゴは実際面を重視する技術者らしく、改良点を指摘する。


「ふむ。なるほど。じゃが、少し地味じゃな。あと、棒を握るのが人間じゃと時間に差が出る」


「棒を保持する台は作った方がいいだろうな。だが、ヒモの長さを変えれば時間も変えられる。木の棒の軸受に抵抗をつくって回転速度をゆるくできれば、測る時間も延ばせるだろう」


「抵抗を作る、というのはどうやるんじゃ?」


「あー、例えば歯車を使う。中心の棒に小さい歯車をつけて、別の大きな歯車と組み合わせる。小さい歯車と噛み合った大きな歯車はゆっくり回るから、時間を測りやすい」


「ふうむ。わかってきたの。水車の製粉と同じ仕組みじゃな。水でなく、重りで回しとるわけか」


俺のあやふやな説明を、ゴルゴゴは自分の知っている知識の中で的確に翻訳してくれるので、非常にやりやすい。


「そうだ。大きな歯車に一箇所、飛び出した棒でもつけて、鐘を叩くようにすれば、1回転したのがわかるだろう。水車で小麦を叩く代わりに、鐘を叩くわけだ」


鐘の数を観客が「いーち!」などと数えるのを聞きながら、競技者は石投げをするわけだ。

さぞ、競技は盛り上がることだろう。


「この小ささだと、綺麗に歯車にするのはホネじゃな。つなぐのは皮のベルトを使った方がよかろう。軸受は、まあ滑らかにしておけば何とかなるじゃろうな」


石投げ競技用のタイマーの基礎的な設計が、ゴルゴゴと議論するだけで完成していく。

ある種の原始的な重り時計というやつだ。


ところが「まあ、これぐらいならすぐにできるじゃろ」とゴルゴゴが太鼓判を押してくれたので安心していたところ「これが工房にあれば、教会の鐘は要らんかのう」などと物騒なことを言い出したので、大慌てで否定する羽目になった。


たかが遊びのための仕組みを作っただけで、時を数えるという教会のとびきりの既得権に手を出すわけにはいかない。

明日は18:00に更新します

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