第613話 教会の意義
少しばかり挑発的なもの言いだっただろうか。
とにかく、言いたいことは言った。
聖職者たちも、こちらを見るというよりはお互いに顔を合わせて、小声で話し合っている。
そうして、少しの間待っていると、白い眉の司祭が代表するかのように口を開いた。
「どうかな。この者の言には聞くべき点もあると思うが」
他の聖職者から異論が出ないのを待って、白い眉の司祭は言葉を続けた。
「まず、そなたの言うように、印刷業というものが金貨を生む、という絵図を信じよう」
指を一本立てるのに合わせて、こちらも、頷いてみせる。
「それに、利益を己の独占とせず、教会に利益をもたらそう、という姿勢も評価しよう」
二本目の指を立てるのにも、同じように頷く。
「偽造を困難にするという技術、それは大いに評価しよう。教会という組織は大きい。複数の国にまたがって運営される教会組織を今後も円滑に運営するために、正確な情報が伝わるという技術の価値は、とてつもなく大きい、と言わざるを得ない」
三本目の指を立てた司祭の手のひらは、不意に強く握り込まれた。
「だが」と、眉間に皺をよせ、白い眉の瞳を底光りさせ、一転して強い口調で詰問してくる。
「それは教会の秘密を握るという意味でもある。そなたは、これだけの提案をして、この場から何事もなく出ていけると思っておるのか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
これは、脅されているのか。
あるいは、教会の権威に素直に従うと思われているのか。
「私は平民の出身でございまして、高貴な方の言い回しというのは不慣れでございます」
そんなの知るか、と言い返してみる。
「つまり、そなたも工房の職人も、教会の保護に入るということだ。聖職者の身分を与えても良い」
まあ、そう来るよな。
殺したら金貨を生む事業が消えるわけだし。
そのあたりの損得勘定ができる、ということについては、ある意味で信頼している。
「お話はわかりますが、それは適切な打ち手ではないと存じます」
とは言え、そのシナリオは想定の内でもある。
用意していたとおり、断りの返事をする。
「なぜだ」
白い眉の聖職者は、眉を動かさずに説明を要求してきた。
「それは長期的に見て、教会の利益にならないものと確信しているからです」
利益にならない、という返事に他の聖職者たちも、こちらを見つめ直してくる。
これから、教会の中に生きる聖職者達に、教会の運営とは異なる市井の論理を説明し、納得させなければならない。
短く深呼吸してから、これも用意してきた想定通りの説明を続ける。
「今、私は、様々な巡り合わせの偶然の上で、たまたま印刷技術の最先端を抑えているものと考えております。技術というのは、進歩するものです。
いずれ、他所の国や地域でも似たような、あるいは、より優れた技術が登場するはずです。技術というのは、切磋琢磨することで進歩するものです。反対に、独占された技術は進歩がとまります。
教会による印刷技術の独占は、長期的にはこの地の印刷技術の進歩をとめ、教会の保有する印刷技術が他の地域の後塵を拝する結果となりましょう」
技術の独占が技術の後退を招く、という論理が教会の人間に理解できるだろうか。
組織運営の面から、切り口を変えて説明をしてみる。
「技術の進歩についていけない職人や、それを管轄する聖職者は地位を守るために保守的になります。
その際、職人や印刷の技術を内部に抱え込んでいることは教会にとって、足かせになります。なぜなら、新しい技術に乗り換えることが難しくなるからです」
他の技術に乗り換えるスイッチング・コストが大きくなりすぎるということである。
最後に、教会の理念の面からも説得をする。
「それに、印刷業というのは、木屑やインクに塗れて行う仕事です。
手を動かし、試行錯誤をする職人の仕事です。天上の信仰を扱う聖職者の方々の仕事ではありません。
教会は人間の領域拡大と進歩を支援する組織であるべきです。
万人にとって仰がれ、尊ばれる組織でなければなりません。
もし印刷を教会が独占し、他の人間が印刷業に参入するのを阻止するようなことがあれば、教会は退歩と弾圧の象徴となってしまいます。
私は、教会がそのような変質をとげることを望みません」
一息で言い切り、聖職者たちの反応を待った。
明日は18:00に更新します→更新予定時間は22:00頃になりそうです
ところで、本日で今作の掲載を始めてから、ちょうど1年になります。
回数だけはずいぶん重ねたような、内容はあまり進んでいないような。
地味なお話ではありますが、お読みいただきありがたく思います。
今後ともよろしくお願いいたします。




