第603話 教会はどのぐらい偉いのか
すみません。席に戻れませんでした。
ちょうどいい機会なので、教育がてらマルティンに現実の説明をしてやることにする。
「マルティン、お前教会についてはどのくらい知ってる?」
「ああ?そりゃあ、どんな街や村にも教会があって、そこに司祭様がいるってことぐらいは知ってるぜ。あん?なんだよ、その目は?」
「ああいや、お前が何も知らんことはわかった」
「なにぃ!」
こちらの視線が気に入らなかったらしいマルティンが吠えるが、構わずに質問と説明を続ける。
「まず、教会の階層は知ってるか?」
「馬鹿にすんな!救貧院にいるのが助祭様で、教会にいるのが司祭様だろ?そんであんたが会いに行く予定のニコロ司祭とかいうのは、そんぐらいの偉さなんだろ?あんたの方がよっぽど大物じゃねえか」
なるほど。そこからか。こちらの緊張感が伝わらないわけだ。
「まず、今、お前が言った階級については合っている。救貧院や街角で教えを説かれているのは助祭様、教会を構えていて信者に教えを説くのは司祭様。このあたりまでが、普通に暮らしていて接点のある聖職者様だな。お前も何らかの形で世話にはなったはずだ」
「ああ。そんで、その上は司教様とか言うんだろ?」
「詳しいな。そうだ。教会を幾つか束ねている単位を教区というが、その長が司教様だな。これは同時に生誕名簿の管理単位でもある。教区の人口については、司教様が抑えている、ということだな」
俺はマルティンの知識の程度を、少しばかり上方修正した。
字の読み書きができることといい、こいつはどこかで教育をうけたことがあるらしい。
「・・・そりゃあ、俺たち冒険者には関係ない話だろうが」
「そうだな。冒険者は農村から出てきた時点で、生誕名簿から除かれる。詳しいじゃないか」
「冒険者を辞めた後、それで雇ってもらえなかったんでな」
マルティンの言うように、生誕名簿に名前がない時点で、それは住所不定の無頼漢ということであり、社会的な信用はゼロだ。
多少の読み書きが出来たところで金銭を扱うような信用の必要な仕事にはつけないし、身体的に万全でなければ肉体労働に従事することも難しい。
マルティンの場合が特別なわけでなく、身体が不具になって引退する冒険者の暮らしは、かくも厳しい。
「それで、教区をさらに集めて管理されるのが大司教様だ。この街には1人しかいらっしゃらない。その意味がわかるか?」
「この街で一番偉いってことだろう?伯爵様と同じくらい」
一概にそうとは言えないが、話を簡単にするためにマルティンの返事に頷く。
実際、大司教様が、この街の聖職者のトップであることは間違いない。
「そういうことだ。そして、その上に枢機卿様がいらっしゃる。枢機卿様については知ってるか?」
「いや、そのぐらいになると、もう雲の上の人すぎて何がなにやらだな。あの1等街区にある大聖堂と一緒だよ。あるってことは知ってるが、近くに寄れたこともねえし、知ってるもなにもねえよ」
マルティンの奴は冒険者崩れのくせに、なかなか洒落た言い回しをする。
「そう。それで、ニコロ司祭は、その枢機卿様の下で実務を仕切る有力者だ。会社は、枢機卿様に靴を納めているが、それを取り仕切ったのもニコロ司祭だ。その意味がわかるか?」
ここまで説明して、ようやくマルティンも現実が飲み込めたらしい。
ゴクリ、と唾を飲み込んで、震える声で言葉を切り出す。
「それって・・・ムチャクチャ偉い人ってことじゃねえか・・・」
「実質的な権力で言うと、司教を超えて大司教に迫ると言ってもいい。貴族様で言うと伯爵様に迫る権力を持っている、ってことだ。今、お前が雑に綴じようとしている羊皮紙は、そのニコロ司祭との面談で使う資料だ。いいか、丁寧に作業しろよ」
「お、おう・・・」
しっかりと説明してやったおかげか、以降のマルティンの作業は、かなり丁寧になった。
もっとも、多少は手が震えていたようだが、それぐらい慎重にやってもらえるなら問題ない。
明日は18:00に更新します




