第592話 投げやりな男
「とりあえず、お前には一連の責任を取ってもらう」
頭髪と髭を剃り落とされたマルティンに言い渡す。
とはいえ、その頭は贔屓目に言っても酷い虎刈りになっている。
団員の連中は散髪の素人だし、何を勘違いしたのかマルティンが怯えたものだから、髭を剃るのも一苦労だった。
まあ、髭をナイフで剃られるのが怖かったのかもしれないが。
団員の連中も苛立ったのか「大人しくしないとぶっ殺す」とか言ってたしな。
結局、思い切りぶん殴られて目の回りに綺麗な青痣を作る羽目になっていたが、あのくらいは自業自得というものだろう。
「・・・それで、何をさせようってんだよ。足の次は、腕でも斬り落とすのか」
すっかり観念した様子で、マルティンが投げやりなことを言う。
「腕など要らん」
人間の腕を集めるような、そんな猟奇趣味はない。
絵かきの男爵様あたりだと、そういうものも欲しがるかもしれないが。
「お前には、お前が抑えている駆け出し冒険者の全員に、スライムの核を直接買い取りする件について、説明してまわってもらう」
こいつはピンはね商売を通じて駆け出し連中の居場所をおさえている。
まずは、その情報を吐き出させる。
そして、不揃いな坊主頭のままで街を回り、ピンはねしていた駆け出し連中に、新しい買い取り先のことを説明させる。
剣牙の兵団の強面の男が後ろについて回れば、一体何が起きたのか、街の冒険者たちにはひと目でわかるだろう。
そうして、駆け出し冒険者を食いものにするような商売を剣牙の兵団は許さない、ということが冒険者たちの一般常識となる。
「まあ、ある種の晒し者だな。首を取ったりするつもりはないから、安心することだ」
「・・・ちっ」
強がって舌打ちなどしているが、身体の危険はないとわかって、ホッとしたようだ。
「まあ、まずは体を洗わせるか。このままじゃ臭くて堪らん」
酒と不摂生と不衛生で汚れた男からは、すえた匂いがした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「・・・というわけだ。どこで洗おうか考えたんだがな、革通りが一番、設備が整っている」
「あたし、洗うの嫌よ」
サラが嫌悪感もあらわに言う。
彼女からすると、この男は子供の敵だ。
許せないのも無理はない。
「そりゃそうだ。大人だから自分で洗えるだろう?」
見張りだけつけて、洗い場を使わせる。
頭や顎に剃り跡の傷があるだろうが、自業自得だ。
しばらくすると、水の冷たさを罵倒する声が聞こえてきた。
子供たちの場合と違って、お湯を使わせてやるほど親身にはなれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それで、俺はどうなるんだ」
髪と髭を剃り、簡単な衣服を与えられたマルティンは意外に若く見えた。
いや、実際若いのだろう。
酒に焼けた声、投げやりな態度、汚れた衣服に、伸び放題の髭と髪でごまかされていたが、10代後半で冒険者になり、数年冒険者をやって引退したとすると、まだ20代半ばということだ。
「どう、とは?」
「ガキどもに新しいご主人様を教えて回ったあとのことだよ。あんたに俺を殺すつもりはないみてえだが、このまま放り出されれば、どのみち似たようなもんだ。糞みてえな救貧院に縋ったって、くたばるのが二月延びるだけだ」
「わかってるじゃないか」
自棄になって計算もできなくなっているかと思えば、事実はその逆で、先が見えるだけの頭を持っているからこそ、絶望し、自棄になっていたということか。
少しばかり、この男に興味が湧いてきた。
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