第591話 反省しない男
「さて。マルティンといったな」
サラと子供たちがドアの向こうに行ったのを確かめてから、向き直る。
「とりあえず、今の商売を辞めるつもりはないか。あんな子供たちの上前をはねたところで大していい暮らしができるわけでもないだろう。目端の利く奴から商売を抜けるだろうに。商売としては、結構苦しいはずだ。違うか?」
この元冒険者の男の格好を見ればわかる。
髪や髭が手入れされていないことや、服装からしても、大して良い暮らしをしているとは思えない。
この男に管理できる範囲の人数の子供から徴収できる額など、たかが知れている。
「さすが商売で成功されてる大物は言うことは違うな。賤貨や銅貨は金じゃねえってか」
「おまけに、僅かな稼ぎも酒に消える」
マルティンの言い分には構わず、事実を指摘すると男の顔が赤くなった。
「仕方ねえだろう、痛えんだよ、足が」
スポーツ選手で痛み止めを常用しすぎたため、引退後に禁断症状で苦しむ選手もいる、と聞いたことがある。
この世界で薬物の類は簡単に手に入らないので、傷みを誤魔化すために飲酒をしているうちに、飲酒の習慣が抜けなくなったのかもしれない。
「金は残ってないのか。故郷に戻って畑を買うとか」
「飲んじまったよ、そんなもの!」
そうだろう。引退してから数年もこんな暮らしをしていれば、多少の蓄えも酒に消えてしまったことだろう。
剣牙の兵団の団員たちは、さっきから俺の方をチラチラと見ている。
声をかければ、いつでもやりますよ、という、合図を待っている顔だ。
実際、俺がなぜグダグダと話をしているのか、不思議でならないのだろう。
ただ、俺としてはマルティンを一方的に断罪する気にもなれなかった。
この男は、ある意味で、うまくやれなかった俺の姿でもある。
冒険者として大成できず、やむを得ず街のアンダーグラウンドな商売に手を出したところは同じだ。
ただ、俺には元の世界での知識と経験があり、たまたま運もあった。
冒険者の稼ぎを増やすための仕事を続けてきた、という自負はある。
一方で、この男は俺の商売の表面だけを真似て、破綻しようとしている。
ある意味で、ギルドのハゲと同じ失敗をしているわけだ。
「お前がもう少し子供たちのことを考えて商売してくれていれば良かったんだがな」
仲介手数料として、2割、3割ならば許したかもしれない。
だが、相手の無知と無力につけこんで5割、6割、ときには7割となれば、その商売の存続は社会悪だ。
俺の目の届くところで、駆け出し冒険者相手に、その種の商売をさせるつもりはない。
不貞腐れて横を向いているマルティンと目を合わせて問いかける。
「これから、どうするつもりだ。言っておくが、今の商売を続けることは許さん。スライムの核は今後、会社で直接買い取ることにする。代理を立てて集めることも許さん。それが発覚した場合は痛い目に遭ってもらう。相当に痛い目だ。言っている意味はわかるか?」
「ああ。あんたが大物ぶってる、ってことぐらいはわかる。反吐がでるくらいにな」
マルティンが吐き捨てる。
ここまで追い込まれているわりに、いい度胸をしている。
「仕方ないな。おい」
ため息をついて合図をすると、待ちかねたように剣牙の兵団の連中が、手にした刃物をギラリと光らせた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それで?」
事務所に戻ると、サラが腰に両手をあてて俺を糾弾してきた。
「子供たちに残酷な場面を見せたくない、っていうのはわかるわよ。だけど」
俺の背後を指差して言う。
「どーして、あの男を連れてきたのよ!」
視線の先には、両脇を団員に抱えられ、目の回りに綺麗な青痣をつくり、顎髭と頭を乱暴に剃り上げられた元冒険者の男の姿があった。、
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