第583話 ギルドの朝の風景
翌日は、朝の早いうちから冒険者ギルドを訪れた。
靴工房や領地開発の仕事があるので、その時間しか冒険者ギルドに来る時間を捻り出せなかったということもあるし、若い駆け出し冒険者たちが、どのように依頼を請けているのか、その様子を観察するためでもある。
朝の冒険者ギルドは、案の定、掲示板の前に集まるゴツい男達でゴッタ返していた。
混雑しているのをいいことに、こっそりとギルドの隅に陣取って観察をする。
割のいい依頼は取り合いになるし、誰がどの依頼を請けられるかは冒険者内の力関係で決まる。
具体的には、腕力、体の大きさ、冒険者としての経歴だ。
経歴のある連中は、お互いに顔見知りだし、力関係もおおよそ定まっている。
だから、依頼の取り合いは滅多に起こらないし、この依頼はもらうが、次回の依頼は譲る、などと貸し借りしながら依頼票を取っていくわけだ。
この辺りまでの流れは、俺も冒険者時代によくやっていたから分かる。
依頼票の取り合いになった際の、他のパーティーとの交渉は俺の役目だったからだ。
今朝観察するべきは、ベテラン達が依頼票を取った後に、駆け出し冒険者たちに何が起きているか、だ。
駆け出し冒険者達は体格も貧弱だし、ベテラン冒険者たちの間に入り込んで依頼を取るだけの力もない。
依頼の取り合いが終わるのを、ジッと部屋の隅で待っている。
そうしてベテラン冒険者達が掲示板の前からいなくなると、ようやく駆け出し冒険者たちの番になる。
常時依頼を除けば、そこに駆け出し冒険者でもできる割の良い依頼は残されていない。
ならば、どうするのか。そこからの行動は2つに別れる。
1つは、依頼票を取ったベテラン冒険者達のグループに加えてもらうべく、積極的にコンタクトをとっていく連中。
目端の利く評判の良い駆け出しは、ベテラン達から声をかけられる者もいる。
例の3人組は、そこに属しているようだ。
もう1つは、冒険者のグループに加えてもらえなかった駆け出し達で、常時依頼をこなすためにノロノロと受付へ向かう連中だ。
そのまま帰る連中はいない。
依頼をこなさなければ、食っていけないからだ。
「何か、冒険者ギルドの雰囲気が違うような。依頼ってあんな感じだったかしら?ケンジは、どうやって依頼取ってたの?」
何故か朝からついてきたサラが、朝の冒険者ギルドの様子に疑問を投げかける。
「今は、依頼を貼りだす順番が決まってるんだ。例の、土地の価値を最大化する順に、ってやつだな。言い換えれば、将来収益の見込める順に貼りだす、ってことだ。つまり、払いがいい。わりのいい依頼は、早い者勝ち、ってことさ」
「うーん・・・まあ、早い者勝ちっていうのは、仕方ないのかな?」
「そうだな。前みたいに賄賂順よりマシさ」
「そうね・・・って、ケンジ、まさか賄賂とか使って依頼を持ってきてたの?」
サラの視線が険しくなる。この赤毛娘は、曲がったことが嫌いなのだ。
「まさか。賄賂の請求は断ってやったよ。だから、あの窓口のハゲとは仲が悪かった」
駆け出し冒険者相手の相談で飯を食っていた頃、俺の商売を潰そうとしやがったハゲだ。
冒険者をやっていた頃も、俺が依頼票を持っていくと、毎度毎度こりずに袖の下を要求しやがったものだ。
もっとも、今では俺が視線を合わせて笑顔を向けると、頬の肉を痙攣させて愛想笑いをしてくれる、いい奴になったので問題ない。
「あれは、怯えてるんだと思いますがね」
護衛で後ろの立っているキリクが、ポツリと言うのには聞こえない振りをする。
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