第58話 この靴は良すぎる
団長室で2人きりになると、ジルボアは切り出した。
「いい靴を作ったな。まさに冒険者のための靴だ」
「そうだ。野外で長距離を歩き、戦う人間のための靴だ。
丈夫で藪の毒蛇の牙を弾き、泥の中でも滑らず、
徹夜で歩いても靴擦れを起こさない靴だ」
「あれを作る職人を紹介して欲しい、ということだな」
「そうだ。素材の手配は済んでる。あとは作るだけだ。
秘密が守れる職人が欲しい」
「あれを幾らで売るつもりなんだ」
「少量生産なら大銅貨2枚。できれば1枚まで安くしたい」
ジルボアは、安すぎる、と小さく息を吐いて椅子の背もたれに寄りかかった。
「ケンジ、前にも言ったが、おまえはなんなんだ。
あんな靴は見たことがない。
お前は、あの靴は冒険者のための靴だ、と言ったな。
だが、それだけでは済まないぞ。
賭けてもいいが、この街の冒険者は、全員があの靴を履くことになる。
上級クランの奴らは全員だ。
俺達、剣牙の兵団だけじゃない。
駿馬の暁の連中だって、あの靴を履くようになる。
冒険商人の連中もそうだ。街から街へを移動する連中にとって、
靴は命を預ける相棒だ。
軍隊や騎士の連中だって、あの靴を履いたら元の靴には戻れないだろう。
そんなものを、一介の冒険者のお前がポッと作り出して、
ただで済むと思ってるのか」
それは、最大級の評価であり、警告でもあった。
真剣な顔をしたジルボアの指摘を受けて、
俺は自分の見通しがいささか甘かったことを
確認せざるを得なかった。
初めは、この街の駆け出しの貧乏冒険者に靴を売って
終わりのつもりだったから、せいぜい、年間に100足程度を
生産する心積もりでいた。
だから、事務所はどうするかな、などとノンビリしたことを言っていたのだ。
だが、ジルボアは指摘した。
この靴作りは、大きな事業になる、と。
街の小さな靴職人達は半分が淘汰される。
街の特産品レベルの大事業だ。
軍事に組み込まれれば、軍事産業になるかもしれない。
靴の製作も、年間に100足ではなく、日産100足が求められるようになる。
考えてみれば、最初に科学的な靴作りをしたフェラガモさんは、
100年経っても高級ブランドとして残っている。
「あの靴には、随分と新しい工夫が込められているように見えた」
「そうだな。大きな工夫だけでも、10では効かない」
これだけのオーパーツをくっつけた靴は、それ以上の評判になる。
それを作り続け、守り抜くだけの覚悟が俺にあるのか。
ジルボアは続ける。
「たとえば、さっきの靴が大銅貨1枚だとする。
私なら、100足、即金で注文する。それだけの価値がある。
私の専用靴なら、銀貨3枚だそう。素材を提供してもいい。
私と同じことを、駿馬の暁の連中も言うだろう。
すぐに100足追加、そして団長用の特別な靴も注文だ。
我々が買えば、冒険者も中堅以上の連中は競って求めるだろう。
すぐに注文は1000足は超える。
街間を移動する冒険商人や行商人も同じだ。
すぐに注文は2000足を超えるだろう。
隣街に評判が響くのも時間の問題だ。靴は軽く輸送しやすい商品だ。
2月で注文は3000足を超えるだろう。
その隣町に評判が届くのも時間の問題だ。
次の次の月には注文は5000足を超えるだろう。
そこまでいけば、貴族や軍に知れ渡る。
断れない特別な注文の靴が100足は超えるだろう。
軍隊用の靴は、もう2000足の注文だ」
ジルボアの未来予想を聞いて、頭が痛くなってきた。
 




