第558話 麺棒と麺棒の間
2本の麺棒でシートを挟んで麺棒にハンドルをつけるだけの、家庭でも仕えるパスタマシーン。
元の世界では手頃な値段で普及していたし、そこまで難しい仕組みには思えなかったので、ゴルゴゴの大げさな反応に多少の不審を覚えていると、ゴルゴゴはやにわに駆け出し、工房から銅板を持って戻ってきた。
「あ、ちょっと何するの!小麦が食べられなくなっちゃうでしょ!」
そして、サラが止めるまもなく小麦粉のシートに銅板を押し付けるようにして、麺棒の上を転がしだした。
「あー・・・もう・・・」
サラは膨れているが、さすがにゴルゴゴが何を意図しているのかは理解できた。
ローラー型の印刷機だ。
ある種の輪転機の発想が、ゴルゴゴに降りてきているのが見える。
ゴルゴゴの鬼気迫る様子に、小麦粉を無駄にされたサラも、そして周囲の官吏達も黙り込んでいる。
「こう・・・こうして挟んでやれば・・・」
などと呟きながら、銅板と小麦のシートを一緒に、地面と平行にした2本の麺棒で挟もうとして、手が足りずに落としそうになっているので、横から手を出して麺棒を支えてやった。
「なんじゃ、ああ、いやちと、思いついたことがあってな」
麺棒を支える俺の手に気づいたゴルゴゴが、その興奮を隠すように早口で言い訳をすると、また小声で何か呟きながら銅板と小麦粉のシートを転がし始める。
「麺棒を強く押し付ける仕組みを考えているのか?」
俺が問いただすと、ゴルゴゴはぎょっとしたような表情で顔をあげた。
「なぜわかった?」
「さっきから俺が支えている麺棒に力強く押し付けてただろ。いやでもわかるさ」
小麦粉のシートを羊皮紙に見立てて、銅板を押し付けていることぐらいはわかる。
おそらく、ゴルゴゴの脳裏には新しい印刷機の原型が、ものすごい勢いで組み立てられているのだろう。
「ああ、うむ。押し付ける力がでるか、ちとわからなくてな」
ゴルゴゴの言葉は足りないが、俺には言いたいことが理解できた。
ワインの圧搾機を改良した何箇所もネジ止めをする印刷機と同じだけの圧力を、麺棒式で出すことができるのか。そこが技術的に気になっているのだろう。
「ネジを使ったらどうだ?」
ゴルゴゴが一人で気づくのを待っても良いが、思わず口に出してしまった。
そのくらい、ゴルゴゴは真剣に、鬼気迫る様子で悩んでいた。
余計なお節介かもしれないが、少しぐらいは技術的な助言をしてもいいだろう。
「ネジか。それをどうする?」
「麺棒を挟んで厚さを変える」
それだけで、ゴルゴゴには十分だったようだ。
ゴルゴゴは2本の麺棒を右手と左手で平行に持つと、片目で棒の間と距離を測るためか、肘を縮めたり伸ばしたりした挙句、「借りていくぞ」という言葉を言い捨てて、小麦粉と麺棒を工房の方に持っていってしまった。
「えー?ちょっと、パスタは!?ねえ、ゴルゴゴ!」
後には、半ば呆然とした新人官吏たちと共に、パスタを食べ損ねたサラが残された。
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