第544話 リスクの管理
偉い人への説明、いわゆるプレゼンテーションには、ちょっとばかり自信がある。
偉い人へのプレゼンは元の世界で経営者相手に何度もしているし、この世界でも失敗すれば自分の首が飛ぶそれを何度もこなしてきた。
先日も教会の小法廷で、元の代官の首を飛ばしてきたばかりだ。
そんな自分でも、今回の印刷機の伝え方には悩む。
よくプレゼンの初心者でありがちなのは、自分の言いたいことを表現する、というレベルのプレゼンをしてしまうことだ。
本人に余程のカリスマがあったり、説明内容が画期的であればそれも許されるが、大抵はプレゼンが終わった後に、静まり返った聞き手の沈黙に耐えなければならなくなる。
質問の出ないプレゼンというのはパーフェクトなプレゼンだったのか、質問すら出ない箸にも棒にもかからないプレゼンのどちらかであり、普通は後者である。
プレゼンは結論から作るものである。
具体的には、相手にどのような意思決定をして欲しいか、を見据えて作る。
いくつかの方法があるが、自分の場合は、意思決定に必要な前提情報を共有し、選択肢の視点を提供し、相手の判断を助ける、というプレゼンが得意である。
意思決定に相手の本気を感じたい人や、感情をぶつけられたい人、金銭の計算さえ合っていればそれで良い人など様々なので、それは相手を見ながら作る必要があるが、ニコロ司祭を相手にするのならば、自分の得意なやり方で行っても良いだろう。
「すると、ニコロ司祭、ひいては教会に印刷機をどう取り扱って欲しいか、か」
少しばかりテーマが大きすぎるので、手がかりとしてシナリオを幾通りか考える。
「ニコロ司祭の性格を考えると、どのシナリオになるか。あの人に面識のある者として意見を聞かせて欲しい」
新人官吏達は、多少はニコロ司祭に触れている。
深く会話はしていないが、発言と存在感から、どんな感じの人か感じることはできるだろう。
今は、少しでも他人の見解が欲しい。
「まず、3つの場合を考えてみた。最悪の場合、普通の場合、最善の場合だ」
シナリオの分析の場合、大抵は今の3つの場合を考える。
詳細なシナリオの場合も、3つを手がかりにの組み合わせていくのだ。
「まず、最悪の場合」
口に出しつつ、言葉と思考を整理する。
「このケースでは印刷機は教会の敵となり、印刷機は破棄され、ゴルゴゴは消される」
言葉に出してみると、新人官吏達が、ぎょっ、とするのがわかる。
だが、最悪のケースというのは、そういうものだ。
考えたくないことも事前に想定して考えるから、シナリオの意味がある。
「あの印刷機が既得権に与える影響を最大限に悪い方向に評価されれば、十分にあり得る」
サラが堪りかねたように口を挟んでくる。
「じゃあ、報告するのやめようよ!あなた達も、報告しないでしょ!?」
サラの厳しい視線を受けて、青い顔をした2人の教会から派遣されてきた新人官吏は口をつぐんだ。
「いや、そうすると事態を制御できない」
俺が言葉を続けると、意味を問うように視線が集中する。
「今回、教会に報告しようと考えたのは、このシナリオを避けるためだ。手の届かないところで意思決定が行われると、何が起こるかわからない。関与さえしていれば、もし印刷機が教会によって破棄される、という決定がされたとしても、事前に印刷機の図面とゴルゴゴを他の街に逃がす時間ぐらいは稼げるだろう?」
危機に関与することで危機を最小化する、という考え方に慣れないのか、サラを筆頭に新人官吏達は、何となく納得し難い様子でたたずんでいる。
本日は18:00にも更新します
 




