第542話 現場での指揮方法
職人達を送り出すと、それを待ちかねたようにクラウディオが質問をしてきた。
「代官様。先程の印刷した冊子を見せるなどしなくてよかったので?」
理念を浸透させるための手段として印刷物をどう活用するか。
あれだけ議論して準備した内容を見せなくてよかったのか。
クラウディオとしては、多少の不満もあったろう。
それは準備に関わった他の新人官吏達にも同じ気分があったらしく、こちらのやりとりを注視する視線を感じる。
「そうだな。あれは少し勇み足だったようだ。彼らの反応を聞いただろう?」
説明会の内容は酒を飲んだら飛んでしまった、と言った内容を思い出したのか、クラウディオは眉をしかめた。
「あれは・・・無礼なことです。代官様と我々があれだけ計画して準備した上に、貴重な機会だったというのに、あの反応。知識の価値がわからない、平民の所業です」
心なし握りしめた拳が震えている。
「だがな、人間なんてそれくらいのものだ。今までのやり方や考え方を変えるのは簡単なことじゃない。少しは覚えがあるだろう?」
冗談めかして言うと、クラウディオとパペリーノらの頬が紅潮した。
自分達が教会から派遣されてきた当初、どのような態度、言動を取っていたか。
それを思い出したらしい。
「それに、彼らのような職人を説得するには、やはり現場に出て一緒に仕事をしないと、本心からの納得をしてもらえないだろうさ。元々、職人達は現場で親方の仕事を見ることで学んできたんだ。座って本から学んで成長してきたわけじゃない。我々も、いい意味で彼らの親方にならないとな」
「親方に・・・我々に、そんなものになれるでしょうか?」
どちらかと言うと机で学んで育ってきた人種であるクラウディオが不安そうに聞いてくる。
ニコロ司祭の手によって教会から派遣されてきた優秀な若手は、人の下について有能さを発揮することは得意でも、人の上に立つことに経験が少ない傾向がある。
ニコロ司祭は自分があまりに優秀なので、下につく者には自分の補佐として有能であること、自分の優秀なコピーのような人材になることを求める傾向があるように思う。
結果的に、フォロワーシップの高い人材は育つが、リーダーシップのある人材は育ちにくい。
そのあたりの自分の人材育成の癖をニコロ司祭は自分で知っているからこそ、こちらに次々と優秀な若手を送りつけているという部分があるのかもしれない。
現場で鍛えてくれ、というわけだ。
「なれるさ。そのための技能をこれまで一貫して教えてきただろう?」
「・・・そうでしょうか?」
「事業を管理するための手法だよ。板切れでやっただろう?あれを現場でやるんだ」
カリスマで職人達を従えることのできる人間もいるが、机の上の教育で育ってきた人間にも、それなりのやり方はある。具体的には、工事の工程を管理し、調整する人間になるのだ。
この世界で、その種の教育を体系的に受けた人間は、ここにいる数人を除けばいないのだから、自信を持ってもらいたい。
「しばらくは自分が現場でやるところを見てもらって、徐々に代わってもらえばいい。そんなに心配するな」
どちらかと言うと、サラや剣牙の兵団から派遣されてきた2人の方が自信を持っているように見える。
サラは靴工房を取り仕切ることで靴職人達に指示を出すことに慣れているし、剣牙の兵団の2人からすると職人達の迫力など、歴戦の傭兵の迫力から見れば何でもないのだろう。
適材適所で割り振るという方法もあるが、一応は全員が現場を取り仕切れるようにしておいた方が、結果的に自分が楽をできる。それに、聖職者の2人は学習能力も高いので、あまり心配はしていない。
「それに、印刷物の出番はすぐにある。その前に、ニコロ司祭か、ミケリーノ助祭に連絡を取らないとな」
印刷物の活用には、教会との調整が先に必要となる。
日程が圧迫されるが、こればかりは仕方ない。
本日は18:00にも更新します




